王子の子どもが、いつか粉を持って来てくれると手紙をくれましたけれど、早く持って、来てくれるといいなと思いました。
きもを焼く匂いはとてもいい匂いで、好きです。これはおかあさんに早く元気になってもらうようにあげるのです。
七時ごろ、やっとパンが出来ました。
おかあさんは、熱があるので、パンはほしくないといって、うなぎのきもと、生卵を一つ食べました。
僕たちは茶の間で食事をしました。
パンはとてもおいしくて、一口食べると舌のなかにつばきがあつくなるような気がします。ふだん草のお汁と、小さいいわしの焼いたのがあって、とてもにぎやかな食事です。
おとうさんはごはんがすむと、「ああくたびれた」といって、
「静子、お前、あとかたづけをたのむよ」
とおっしゃいました。僕は静子に「あとかたづけしてくれよ」
というと、
「あら、兄さんはずるいわ、おとうさんの真似をしていけないわ。何でも助けあってやらなくちゃあずるいわ」
といいます。
僕は仕方がないから、皿をふいてやる役目をしました。
おかあさんがお水がほしいというので持って行き、
「おかあさん、気分はどうですか」
とたずねますと、
「とてもいいのよ。でも、まだ起きるのはたいぎだけど、みんなが元気だから寝ていても、みんなの声をきいていてたのしいのよ」
とおっしゃいました。
どこかで蛙がないています。おとうさんはもう、うとうとしています。
台所では静子が茶わんを洗いながら、
「ねえ、おとうさまって、とても台所はうまいなんてうそよ。だって、うなぎのきもを焼くのだって、とっときの炭をじゃんじゃんつかっているし、お醤油だってジャブジャブつかって、これぢゃ大変なことになってしまうわ。おかあさまは、とても大切になんでもおつかいになっているのに、パンだって、ほんとうは、今夜のは量が多すぎるのよ。わたしだまってたけど明日からわたしがしようと思うの。それに、おとうさまったらすぐつかれておしまいになるんだもの‥‥」
「でも、うまかったねえ」
「ええ、だって材料のありったけつかうんですもの、これぢゃあ誰だってできるわ」
静子は醤油ビンを出して、電気にすかしてみています。静子のやつ、けちだなあって思ったけれど、僕はだまって、醤油ビンをみていました。
赤い水がビンの中で光っていて、きれいです。もういくらもありませんでした。
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