。無理矢理、巖ちゃんはパンを二人に握らせた。
「僕のは、アメリカの粉でつくったパンだからうまいよ。僕はかえれば食べられるンだから……。」
盲目の二人は掌にパンをのせ、とてもよろこんで、ていねいにおじぎをしている。そばにひしめきあっている人達も、二人の盲目のひとたちには同情をしている樣子だったけれど、巖ちゃんは、改札がはじまれば、このひとたちの同情も、すぐ消えてなくなってゆくことを、ようく知っているのだった。
やがて時間が來て、改札になった。盲目の二人はいそいでリュックをかついでいる。
巖ちゃんの冒險が始まる。
改札が始ると、巖ちゃんは見ておいたところからするりと滑りこんだ。神樣が助けて下さったのだと思った。どっとなだれこむ改札のところで、やっと、もまれてよろよろしている二人をみつけて、巖ちゃんは、二人を引っぱるようにして、汽車のところへ連れて行き、窓から二人の尻を押しあげてやった。
「さア、もういゝね、じゃア、さようならア、大事にねッ。」
巖ちゃんが二人に、握手をすると、兵隊だった方の盲目のひとが、巖ちゃんに「これでも持って行って下さいッ。」と呼んで、點字新聞をくれた。巖ちゃんはよろこんで貰った。
ホームにはまだたくさんの人がなだれて來ている。巖ちゃんは腹がペこペこに空いていた。
陽の明るい、驛の前へ出て、點字新聞をひろげてみると、五十錢札が四枚はいっていた。巖ちゃんはよれよれのきたない五十錢札をポケットへ入れた。
とにかく、腹ぺこなので、大いそぎで家へ戻った。
おにおん倶樂部の總會の日。
はしゃぎやの巖ちゃんは、盲目のひとを上野驛へ送って行った話は、なぜかしなかった。何だか、巖ちゃんは、それを、如何にもいい事をしたかのように話すのはいやだと思った。
「巖ちゃんは、何かあったのかい?」
善ちゃんがたずねた。
「何もないよッ。そんなにいい事って、別にない……。」
そう云って、煙の巖ちゃんは、眼をつぶって點字新聞を指でおさえてみている。點字新聞は汚れてぼろぼろだった。みんな不思議そうに、その點字新聞をのぞきこんだ。
底本:「童話集 狐物語」國立書院
1947(昭和22)年10月25日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:林 幸雄
校正:鈴木厚司
2005年5月8日作成
青空文庫作成ファイル:
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