?」
「僕は、前には、麹町にいたンだけど、燒けちゃったンだよ。でも、半年ばかり、お母さん達と、草津の方に疎開してたの……。」
「ほう……草津にねえ、どうですか? あすこは、宿屋は繁昌していますか?」
「さア、僕は知りあいのところにいたからよく知らない。宿屋も滿員だけど、疎開學童がいっぱい行ってたから、よく判らない。」
やがて、電車が來た。
三人はやっとの思いで乘り込んだ。
「おかげさまで助かります。濟みません。」
二人は、いかにも安心したらしく、ほっとしている樣子である。
「上野へ着いて、二時何分の新潟行きの行列のところまで、送って行ってあげよう。」
と巖ちゃんは云った。
一人の背の高い方の、盲目のひとが、「自分は何年にも、こんな親切なひとにあったことがないです。」とよろこんでいる。
「兵隊に行ってたンですか?」
巖ちゃんがきいた。
「自分は、滿洲に長く征っていて、それから中支に征き、眼をなくしたンです。」
と、そのひとは云った。
ああそうか、兵隊だったのかと、巖ちゃんは氣の毒に思って、今日は、いい事をしたと思うのだった。――上野へ着くと、ここもものすごい人の波で、やっとの思いで、新潟行の行列を探すと、その行列はもうだいぶ並んでいた。それでも、あと二時間以上もあるので、大丈夫乘れそうだけれど、改札してからが問題だと思って、巖ちゃんは、何かいい工夫はないかと考えていた。
「改札しても、人がどっと走りっくらして乘るから、大變だね。僕、そっと、あっちの方の改札からくぐって、君達乘せてあげるよ。」
と云うと、盲目の人達は、
「いや、それじゃア、大變だから、それはもうやめて下さい。驛員にみつかって、坊ちゃんが叱られると大變だから……。」
と、濟まなそうにしている。
行列の中に、やっと、リュックをおろして、二人の盲目の人はほっとしている。
二人の話によると、東京では、家もないし、揉みりょうじを頼む人もあまりないので、これから、長野の温泉場をまわってみると云うことだった。温泉にも組合があって、なかなかふり[#「ふり」に傍点]でははいれないけれども、何とか住みこんで働いてみるつもりだと云っていた。何處へ行っても、このごろはものが高いので食べてゆくのが大變だし、にわかめくらなので、不自由で仕方がないと話していた。背の低い方のひとも、十二三位から眼が惡くなって、見えなくなったのでとても困るとこぼしていた。
「煙草が吸いたくても、もう四日も吸わないし、第一、コロナだの、ピースなンて高くて買えゃしないからね。頭がふらふらですよ。」
兵隊だったと云う、盲目のひとが淋しそうに笑って云った。――まだ相當時間があるので、巖ちゃんは、二人をそこへおいとおいて、うまくホームへはいってゆく研究をしてみた。ホームは、いまのところではがらんとしている。右手の隅の方に驛員の出はいりしている改札口があった。
よおーし、あすこから、そっとはいって、二人を汽車に乘せてやろう、巖ちゃんはそう考えて、しばらく、そこをうろうろしていた。だんだん、胸の動悸が激しくなってくる。煙みたいに、すっと入れるという、科學は發明出來ないものかと思ったりした。
その改札口が金城鐵壁のようにおそろしく見えてくる。一寸法師になれないかな……。巖ちゃんはいろいろと考えていた。すると、一人のアメリカ兵がさっさと來て、その改札を乘り越えてホームの方へ行ってしまった。英語でもべらべらと出來たら、盲目のひとのことを頼めるのだがなと、巖ちゃんは殘念で仕方がない。
いまから、急に、英語をしらべるわけにもゆかない。
すると、一人、優さしそうな女の驛員が、その改札のところへ來た。巖ちゃんはびっくりして、改札口から離れた。ちょっと、あの女驛員にたのんでみようと思いついた。
巖ちゃんは、學校でならった、民主主義と云うことをふっと思い出したので、顏をまっかにして、
「あのう……。」
と、もどもどしながら、その女驛員に近よって行った。そして、新宿驛からのことを話そうとしたのだけれど、女驛員はみなまで聞かないで、默ってさっさと行ってしまった。巖ちゃんは涙ぐんでしまった。
どうしたらいいのか、てがつけられない感じだった。どうも、僕は話がくどくて、下手くそだな……巖ちゃんはそう思った。仕方がないから改札を飛び拔ける工風をこらすより仕方がない。
人垣を押しわけて、盲目のひとのところへ戻って行くと、二人は、眞黒い代用パンを半分こにして食べている。一つしかパンを持っていないらしいので、巖ちゃんは二つのパンを出して、盲目のひとに一つずつ上げた。
「いえ、何とかなるから、それだけはいけないですよ。坊ちゃんも腹が空いてるンでしょう。やめて下さい。ほんとにいけません……。」
行列はだんだん長くなっている
前へ
次へ
全3ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング