見えなくなったのでとても困るとこぼしていた。
「煙草が吸いたくても、もう四日も吸わないし、第一、コロナだの、ピースなンて高くて買えゃしないからね。頭がふらふらですよ。」
兵隊だったと云う、盲目のひとが淋しそうに笑って云った。――まだ相當時間があるので、巖ちゃんは、二人をそこへおいとおいて、うまくホームへはいってゆく研究をしてみた。ホームは、いまのところではがらんとしている。右手の隅の方に驛員の出はいりしている改札口があった。
よおーし、あすこから、そっとはいって、二人を汽車に乘せてやろう、巖ちゃんはそう考えて、しばらく、そこをうろうろしていた。だんだん、胸の動悸が激しくなってくる。煙みたいに、すっと入れるという、科學は發明出來ないものかと思ったりした。
その改札口が金城鐵壁のようにおそろしく見えてくる。一寸法師になれないかな……。巖ちゃんはいろいろと考えていた。すると、一人のアメリカ兵がさっさと來て、その改札を乘り越えてホームの方へ行ってしまった。英語でもべらべらと出來たら、盲目のひとのことを頼めるのだがなと、巖ちゃんは殘念で仕方がない。
いまから、急に、英語をしらべるわけにもゆかない。
すると、一人、優さしそうな女の驛員が、その改札のところへ來た。巖ちゃんはびっくりして、改札口から離れた。ちょっと、あの女驛員にたのんでみようと思いついた。
巖ちゃんは、學校でならった、民主主義と云うことをふっと思い出したので、顏をまっかにして、
「あのう……。」
と、もどもどしながら、その女驛員に近よって行った。そして、新宿驛からのことを話そうとしたのだけれど、女驛員はみなまで聞かないで、默ってさっさと行ってしまった。巖ちゃんは涙ぐんでしまった。
どうしたらいいのか、てがつけられない感じだった。どうも、僕は話がくどくて、下手くそだな……巖ちゃんはそう思った。仕方がないから改札を飛び拔ける工風をこらすより仕方がない。
人垣を押しわけて、盲目のひとのところへ戻って行くと、二人は、眞黒い代用パンを半分こにして食べている。一つしかパンを持っていないらしいので、巖ちゃんは二つのパンを出して、盲目のひとに一つずつ上げた。
「いえ、何とかなるから、それだけはいけないですよ。坊ちゃんも腹が空いてるンでしょう。やめて下さい。ほんとにいけません……。」
行列はだんだん長くなっている
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