まじかに迫っているので、煙りの巖ちゃんは、何かいいことをするチャンスはないかと考えていた。
今日は日曜日。
巖ちゃんは勉強をすませて、お母さまにつくってもらったパンを二つ、ポケットにいれて戸外へ出た。
何かいいことはないかな。倶樂部員があっと云うような、いいことをしたいものだと思っていたので、見るもの聞くもの珍らしく、とうとう歩いて新宿驛に行ってみた。
新宿驛は、まるでもう人の河のようである。流れてゆく人の波を見ていると、巖ちゃんは冒險好きな氣持がますますつのって來た。
すると、驛の前で、たくさんの人の流れがうようよしているなかで、色眼鏡をかけた、盲目のひとが二人、しっかり手をつなぎあって、人の波にぶっつかりながらうろうろしているのを見た。二人とも大きいリュク・サックを背負って竹のステッキを持っている。
じいっと巖ちゃんが見ていると、その二人はいかにも途方にくれたようなかっこうでしまいには、驛のホールの眞中につっ立ってしまった。そして、しばらく、二人はひそひそ話あっている。これを見て、巖ちゃんはそばへゆき、
「何處へ行くのですか?」
と、きいてみた。子供の聲なので、盲目のひとは、ちょっとびっくりしたように、顏を左右にむけていたが、
「上野まで行くんですが、切符はどこで買ったらいいのか判らなくなったンでね。」
と云った。
「じゃア、僕、買って來てあげよう。」
巖ちゃんがそう云うと、盲目のひとは不安そうに首をかしげていて、お金を出そうとする樣子もない。巖ちゃんはうたぐつているのだなと思ったので、
「そこへいて下さい。僕、お金あるから買って來る。」
そう云って、巖ちゃんは、三枚の切符を買って來た。
「さア、これ切符、僕、上野まで送って行って上げましょう。」
と、巖ちゃんが、盲目の二人に切符を握らせると、二人はあわてたように顏を赫くして、ポケットをさぐって札入れを出している。
「いいンですよ。財布なンか出して、スリに盜まれるといけないから、行きましょう。」
そう云って、巖ちゃんは一人の手を取って改札に行った。やがて中央線の發着するホームへ出ると、盲目の二人は、恐縮して、何度もお禮を云うのである。
「上野から、君たち、何處へ行くの?」
「長野まで行って、それから、湯田中と云う温泉場へ行くンでね。」
「ふうん、遠いンで大變ですね。」
「坊ちゃんは、何處です
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