。そのうち、一国一城の主君《あるじ》である大頭株に介在して、身分は単に一旗本に過ぎないのだが、ふだんから一|目《もく》も二目も置かれて破格の扱いを受けているのがこの大岡越前である。
 今の淡路守の言葉には、ふくみ笑いを洩らしたきり笑えなかったが、ちょうど新御番詰所の前の廊下にさしかかって、御番衆が斉《ひと》しく手を突いて送っているのを見ると、気易《きやす》な態度でちょっと頭を下げながら、其処を通った。
 これが最後で、もう続く跫音がないようだから、戸部近江之介をはじめ池上新六郎、飯能主馬、横地半九郎など畳の目を数えていた一同が、ほっ[#「ほっ」に傍点]として身を起して、これからまたそろそろ新役の若侍神尾喬之助をいじめにかかろうとしていると、えへん! えへん! と咳払《せきばら》いの声が、先触《さきぶ》れのように廊下を流れて来る。
 大目附《おおめつけ》である。
 その咳ばらいを聞くと、御書院番の連中は急に居ずまいを直して、四角《しかく》くなった。
 殿中|随《ずい》一の雷おやじとして怖がられている大目附近藤相模守|茂郷《しげさと》が、そこへ来かかっているのだ。

      三

 拝
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