こ》ひとり、その娘のいじらしい打ちあけ言に、犇《ひし》と情に打たれて低くかすれていた。
が、口に出たのは、強い叱咤《しった》だった。
「何を、ふざけたことを吐《ぬ》かしゃアがる、惚《ほ》れたの腫《は》れたのと、そ、そんな――聞きたくもねえや。やい、どけッ! 退《ど》かなきゃ蹴殺《けころ》すぞッ!」
「え。殺されてもどきません!」お妙は、さながら鬼神《きじん》にでも憑《つ》かれたように、壁辰と喬之助の間にぴったり坐って、じりり、膝頭《ひざがしら》で板の間をきざんで父に詰め寄った。
「お父つぁん! どうせあたしは女のことで、むずかしいことは解りませんが、お父つぁんは、黒門町の、壁辰と言われる立派なお顔役じゃアありませんか。いいえ、ぱりぱりの江戸っ児じゃアありませんか。平常《ふだん》から、お父つぁんは何とお言いです? 男は気性《きっぷ》一つが身上《しんじょう》だ。こころ意気ってものが第一だ。胸の底が涼しくなけりゃア、人間の皮はかぶっていても、人間じゃアない。男じゃアない。江戸ッ児のうれしいところは、何よりも義理ってものを大事にするからだ。壁一つ塗らせても解る。心底のさっぱりした者の塗ったの
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