る憤激に、ガッ! 咽喉を鳴らして振り向くと造酒の肩越しに、お六、門弟、長庵、お妙と、八つの眼が首に据って、無言、不動、呆然《ぼうぜん》……恐ろしい沈黙だ。
 一瞬、二瞬、三瞬。部屋の中には、首に纏《まつ》わって線香のけむりが立ちこめ、室外《そと》の廊下には、造酒をはじめ五人が眼を見張り、呼吸を呑んで釘づけになっている――。
 突如、恐怖のあまり、お妙がヒステリカルに泣き叫んだ。
「長庵さま! 帰して下さい。こんな恐ろしいお邸へ、何しにあたしをつれこんだのでございます! 早く出ましょう! 早く、下谷の自宅《うち》へ送って下さいまし……」
 造酒が聞き咎《とが》めて、長庵へ眼をやった。
「長庵!……と申したナ」
「へっ。村井長庵と申しまする麹町は平河町……」
「黙れッ! 人別《にんべつ》を訊きおるのではない!」
 お手のものの幇間式《たいこもちしき》に、おひゃらかしてこの場を濁《にご》そうとした長庵だが、咬みつくように呶鳴《どな》りつけられて眼をパチクリ、黙りこんだ。形勢不穏である。首の問題は第二、神保造酒はくるりと長庵に向き直っている。
「コレ坊主め! この女子《おなご》はどこの馬の骨だ
前へ 次へ
全308ページ中290ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング