帯屋小路の往来でブラブラ歩いている。
 丸太ン棒に細い枝が一本ついてるような奇妙な、影法師が。
 そいつがこの星明《ほしあか》りに浮かれ出して、フワフワと泳ぎ出したように、風に吹かれて深夜の街を散歩しているのだ。
 他《ほか》でもない……魚心堂先生である。
 詳《くわ》しく説明すると、その人影の幹《みき》とも謂うべき丸太ン棒のような部分が魚心堂先生、それにクッ着いている小枝のようなところは、先生が担《かつ》いでいらっしゃる釣竿《つりざお》である。
 というのは、わが魚心堂先生は、いつもこの釣竿を離したことがない。常住坐臥《じょうじゅうざが》、釣竿と一緒に起き、釣竿と一しょに寝ているのだ。
 それほど魚釣《つり》が好きなのかというと、勿論好きなことも好きなのだが、先生に言わせると、釣りは魚を得るのが目的ではなく、ひとつの澄心《ちょうしん》の修業だとある。
 つまり、魚心堂先生の釣りは、先生の哲学《てつがく》であり、禅《ぜん》であり、思索《しさく》であり、生活である――こういう喧《やか》ましい因《いわ》れから来て、魚心堂先生の名もある訳……。
 神田の真ん中に迂路《うろ》うろしていて、そう
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