て」
 見ると、お絃は知らないが、お妙は、父壁辰の出入り先、下谷長者町の筆幸の店で度たび見かけて覚えがある。それに、しつこく自分をつけ廻して困らせられている筆幸の若旦那幸吉からも、いつか聞かされたことのある、麹町平河町とかのお町医、村井長庵という偉い先生――お妙は、娘ごころに長庵を偉い先生と思いこんでいる。飛んだえらい先生があったもので――その村井長庵先生だから、お妙は、これこそ地獄で仏というのだろう、跳び立つように駈け寄って、
「あ! 長庵先生ではございませんか。この人に追いかけられて、こちらへ逃げこんだのでございますが――」
「ほう、それはそれは、大変な御災難、あんたは下谷の壁辰さんの娘さんでしたね。いや、長庵が参ったからにはもう大丈夫。お送りしましょう」そして、こそこそ逃げ出そうとしている戸塚の三次へ、長庵、いい気もちそうに反《そ》っくり返って、「コレコレ、お前は何者か。不届きなやつめ! 早々退散いたしたほうが身のためであろうぞ」
 大層《たいそう》片《かた》づけておっしゃった。三次は大恐縮、ヘイコラ頭を掻いて出て行く。これがみんな、予《あらかじ》め仕組んだ芝居とは知らないから、
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