だ。
 ……こんなに静かだが、これで、ほんとにこのお部屋にどなたかいるのかしら? ふと音松が首を傾《かし》げた時、まるでその疑問に応《こた》えるように、室内から澄んだ碁石の音が聞えて来た。
 いつまでもこうしてはいられない。よし! ひとつ思い切って――と、勇気をふるい起した音松が、
「ごめん下さいまし」
 一世一代の改まった声を出して、スルスルと障子を開けながら、
「へへへ、これはお殿様、まことに恐れ入りますでございます」
 変な挨拶だ。しどろもどろで、自分でも何を言っているのかわからない。ふだんぞんざいな口をきいている人間が、相手もあろうにお奉行様のまえへ出たのみか、これから膝ぐみで話をしようというのだから、可哀そうに、律儀者《りちぎもの》の音松は、スッカリ興奮して、全身に汗を掻くばかり、やたらに額部《ひたい》をたたみにこすりつけて、何かモゴモゴ言っていると、
「あとを閉《し》めてはいれ」
 お奉行所でよく聞いたことのある大岡様の声だ。ハッとしてよく顔を上げる。むこうに、碁盤《ごばん》を前に、これもお奉行所で見たことのある、下ぶくれのした豊かな顔がある。言われたとおりあとを閉めて、へ
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