いて貼ったものか、見てやれ」
つぶやきながら、手を伸ばして忌中の文字に触った。と、どうだ! 指さきに墨がつくのだ。字が濡れている。まだ乾《かわ》いていないのだ……いま書いて、貼ったばかり!
とすると、本人はまだここらにいるに相違ない。そうだ。この室内に、この、深として燭台の燃えさかる居間の中に――頼母は、引き抜いた一刀を右手に構えて、全身の神経を緊張させながら、一分、二分、三分、五分、一寸、スルスルと障子を開けにかかった。
三
スルスルと障子を開けて顔を出した金山寺屋の音松に、忠相《ただすけ》は、にこやかな笑顔を向けて、声だけは、叱咤《しった》するように激しかった。
「あとを閉《し》めてはいれ」
江戸南町奉行《えどみなみまちぶぎょう》、大岡越前守《おおおかえちぜんのかみ》忠相である。外桜田《そとさくらだ》のお役宅《やくたく》、書院作りの奥の一間だった。
夜である。きょう数寄屋橋畔の奉行所から帰った忠相は、何か思うところあってか、日本橋長谷川町へ下僕を走らせて、同町内の目明し親分、金山寺屋の音松をお呼び立てになったのだった。それきり自身は、この奥の書院に端坐して
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