。動けなかった。
江戸の春は老けた。
やがて青葉若葉の初夏――それも今は、町の各所に打水がにおって、もう苗売《なえう》りではない、金魚売り、すだれ売りだ。来るべき猛暑《もうしょ》を思わせて、何となく倦《だる》い日が八百八町につづいている頃、本郷は追分のさき、俗に鰻畷《うなぎなわて》と呼ばれるところに。
がっしりした瓦屋根と立樹を囲むなまこ塀の一塀、それは西丸御書院番士、長岡頼母の屋敷である。
今宵は、この長岡の家に、残りの番士一同と源助町の助勢の顔もちらほら見えて、大一座、わいわい言って神尾喬之助討取策を評議していたのだ。その最中、ちょっと自室から取って来る物があって、その寄り合いの席の奥座敷を中座し、何ごころなく、この自分の書院へ来て見た主人の頼母である。障子に手をかけてはいろうとして、発見したのだ。ギョッ! として手を引くと同時に、頼母は吸い込まれるように、その貼札に見入っていた。
室内は、明るい。燭台《しょくだい》が点《とも》し放しになっているのだ。その、灯を背負って赤い障子に貼られた忌中《きちゅう》の文字は、大きな達筆である。嘲笑《あざわら》うように、また揶揄《やゆ》
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