浪人だったてえじゃアないか。だから、滅多なことを言ってくるもんじゃアないよ。かかりあいで仲に立った私も、こんなに困ったことはありアしない。おかげで当分、何か埋合《うめあ》わせの功名をするまでは、この長庵まで、お屋敷へ顔出しが出来なくなってしまったじゃアないか。これからあんな出鱈目《でたらめ》な口をきくのは止して貰おう」
今日は下谷長者町の筆幸《ふでこう》へ出かけて行って、そっと息子の幸吉にだけ会い、こういって散々《さんざん》怒《おこ》り散らした村井長庵だ。そんな筈はないがなア。たしかにあれは神尾喬之助で、壁辰の父娘《おやこ》のあいだに、こんな話もあったのを聞いたのだ、という幸吉の陳辯《ちんべん》には耳をも籍《か》さず、
「とにかく、今後は気をつけて貰いましょう」
と、プリプリして筆幸の店を立ち出でた村井長庵は、ちょうどその時、お絃、右近の喧嘩屋一行の駕籠と同じ途を、麹《こうじ》町平河町の自宅へ帰路《きろ》についていた。
この村井長庵。
今度筆屋が、筆紙類のみならず、ひろく油渡世《あぶらとせい》のほうにまで商売の手を伸ばすにつけては、いま、お城のそのほうの御用を一手に引き受けて来
前へ
次へ
全308ページ中115ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング