きわめ、魚心堂はその唯一の武器である別誂《べつあつら》えの釣竿を振り廻し、知らずのお絃ちゃんは男装している。しかも、喬之助や右近と同じ装束で、長い刀《やつ》までひねくり廻しているんだから、ちょっと見ると喬之助が三人いる訳で、実にどうも紛《まぎら》わしいこと夥《おびただ》しい。大変な乱闘となったが、屋敷の内外に朝まで斬り結んだ。その夜、首になった番士は、十一番首飯能主馬、十二番首箭作彦十郎、十三番首池上新六郎……愛嬌者の保利庄左衛門は池へ潜《もぐ》って首を出したり引っこめたりして助かり、荒木陽一郎は、先祖又右衛門の名を辱しめること甚しいやつで、女中部屋へ逃げこんで、蒲団《ふとん》をかぶって女中になりすまし、一命を全《まっと》うした。立派に働いて、しかも最後まで生き残ったのは、わずかに山地重之進、横地半九郎の二人きりであった。
 この時お絃の働きは素晴らしいもので、あとまで皆男だとばかり思っていたそうである。広い邸内を、唯ひとり血刀《ちがたな》を下げて相手を求めて歩き廻っていたところは、天晴《あっぱ》れな若武者ぶりだったとある。もっとも、がんどう頭巾というやつ、あれをスッポリかぶって眼だけ出していた。鉄火《てっか》な姐御の知らずのだけに、そっくり男に見えたに相違ない。
 その夜、源助町乱闘の注進を受けた大岡様は、直ちに金山寺屋の音松を呼んで何事か含《ふく》め、至急に黒門町の壁辰の許へ走らせた。表向《おもてむ》きは、この喬之助召し捕りを壁辰に命じたのである。壁辰としては、喬之助に繩を打つ時は自分が打つという約束がある。唯ひとり、早速|身拵《みごしら》えして源助町へ走った。その、壁辰が家を出ようとする時である。成らぬ恋に悶《もだ》えていたお妙は、いよいよ愛する喬之助に最後の時が来たことを知って、
「お父つぁん! お約束です。今度こそはあたしも止めませんから、立派に喬さまを繩にして下さいね」
 悲叫《ひきょう》とともに、お妙は自害《じがい》して散ったのだった。壁辰は娘の介抱《かいほう》もしたいが、刻は移る。そうしてはいられない。待っていた音松も、泪《なみだ》をかくして急《せ》き立てる。ついにうしろ髪を引かれる思いで源助町へ駈けつけ、騒ぎの真ん中へ飛び込んで、単身《たんしん》喬之助を縛したのだが――いよいよ大岡様の前へ引き出してみると、それは茨右近だったのである。壁辰はわざと右近を捕《と》って、死んだ娘の心を察して間違いに事寄《ことよ》せ喬之助を逃がしたのだった。その喬之助は、音松と魚心堂の計らいで、源助町の乱闘の場から直ちに、呼ばれて来ていた妻の園絵とともに東海道を京へ落ちて行く。出発しようとすると、音松が呼びとめてさり気《げ》なく言った。
「お妙さんからよろしく」
 お妙の死は知らせなかった。喬之助はニッコリ礼を返して妻の手を取って西へ急ぐ。早朝、忠相は非公式に右近を審《しら》べて、伊勢の名家《めいか》の出《で》と知り、山田奉行当時の友人の息《むすこ》ではあり、且つ人違いで当の喬之助ではないので、お絃とともに許してやる。凡ては忠相が一人で飲み込んで全事件を揉《も》み消したのだった。二人は、忠相の情で姿を変え、数刻《すうこく》遅《おく》れて、同じ東海道を伊勢《いせ》へと発足《ほっそく》する。間もなく、喬之助と園絵、右近とお絃、二組の夫婦は、よく似た二人の良人を中に、過去の一切を笑い話として賑やかな旅をつづけて行く。品川のはずれまで魚心堂が見送りに出て、幸先《さいさき》を祝って四人のうしろから扇子の風を送った……四人旅、悲しく死んだお妙の泪のような日照《ひで》り雨《あめ》に濡《ぬ》れて……。



底本:「カラー版国民の文学 10 林不忘」河出書房新社
   1968(昭和43)年1月25日初版
※「観化流《かんげりゅう》/観化流《かんかりゅう》」、「萠黄《もえぎ》/萌黄《もえぎ》」の混在は底本のママです。
※入力底本の「散らし張《ば》りにした屏風《ひょうぶ》」は、校正に用いた再版では、「散らし張《ば》りにした屏風《びょうぶ》」とあらためられています。
入力:kazuishi
校正:門田裕志、小林繁雄
2008年9月15日作成
青空文庫作成ファイル:
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