いきなり三次は、手を伸ばしてお妙を引き寄せようとした。
「サ、帰《けえ》るんだ。帰るんだ。な、父《ちゃん》もおふくろも待ってらあ。ヨ、おいらといっしょに帰ろうじゃねエか」
「まア! 何をいうのでしょう」お妙は、呆れ返って口もきけないといったようすだ。「わたしがそこまで来かかると、この人が横あいから飛び出して来て、へんなことを言ってわたしを掴まえそうにしますから、びっくり逃げ出して、つい此家《こちら》さまへ駈けこんだのでございます。すっかり兄妹ということにあなたさまのまえをつくろって、おびき出そうなんて、ほんとに図々しいにもほどがあります。」
「おウ、今もいう通り、これアおいらの妹で、ちっとばかり気が狂《ふ》れてるんだ。この先の伯父貴の家へ行こうと、そこまで来るてえと、やにわに突っ走りやがってここへ飛び込んだんだが、つれて帰るぜ」
 三次は、そうお絃に言いながら、起ち上っていた。
「お待ちよ。そんな古い手は、よそじゃア知らないけれど、この神田じゃアきかないんだよ。あたしがこうやってにこにこ笑っているうちに、お前さん、とっとと帰ったほうが利口《りこう》のようだね。出直しておいでよ、顔でも洗ってサ」
「ナナ何だ?」ガラリと調子を変えた三次だ。「出直せだと? 面《つら》洗って出直せだと。ヤイヤイこのおれを誰だと思う」
 相手が女と侮《あなど》ってか、人もあろうに、今評判喧嘩渡世の大姐御、御意見無用いのち不知の知らずのお絃ちゃんにたんか[#「たんか」に傍点]を切ろうというのだから、さてはこの戸塚の三公、神田へ来てお絃の顔を知らないところを見ると、こいつ、精々《せいぜい》長庵の下廻りをつとめるくらいが関の山で、大きなことをいっても、やくざ仲間では、どうやらモグリらしい。
 そこはやはり、貫禄というものは争えない。お絃は、クスクス笑い出していた。
「お前の名なんか、聞きたかないよ。お帰りったらお帰り」あっさりしたもので、犬でも追い払うような手つきをする。「サ、お帰りよ」
「戯《ふざ》けるなッ! 兄が妹をつれて行くに何の文句があるんでエ。帰《けえ》るには帰るが、妹をつれて帰るんだ。来いッ!」
 三次が、大声を揚げて呶鳴り散らしていると、おもての戸が開け放しになっていて、家内《なか》が見える。通りかかった人がふと覗《のぞ》き込んで、
「御めんなさい。何ですね、この夜ふけに大きな声をし
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