、それとなく注意していた満座の中で、妙に油御用のことにこだわって長ながと饒舌《しゃべ》り出したのだから、つまらないことであるだけに、そのかげに何か重大な曰くが潜んでいるに相違ないと、普段からあまり面白く思われていない山城守のことではあり、一同へんに白じらと黙りこくって、誰ひとり返答《こたえ》をする者もなかったのだが、どうも山城守、拙《まず》かった。時機も悪かったし、それに、山城としては、糸のように引いているねばならぬ[#「ねばならぬ」に傍点]に束縛されているだけに、一生懸命だ。つい妙なぐあいに自分ばかりその油御用の議題《こと》に引っかかってなんどき経っても一つことを繰り返しているので、近藤相模守には、ああして聾者《つんぼ》の真似《まね》をされるし、今また、清廉《せいれん》をもって鳴る平淡路守とは、言葉のいき掛りで正面衝突をしそうだし……いや、どうも、山城守、下《くだ》らないことを言い出して散々になりそうだ。
散々になりそうなだけに、山城守は、額部《ひたい》を蒼白くして、淡路守に向っていた。
「神尾の件は、飽《あ》くまで拙者の責任でござるによって、その妻の生家にも責任の一部を持たせてお城出入りをさし止め、拙者としてもお詫びのひとつにしたいと存じたまでのこと。それには、代りの油納めの者が入要につき、人をつかわして調べさせましたところ、幸い今申した筆屋幸兵衛なる律儀者《りちぎもの》を探し得ましたので、これを、伊豆屋の代りに推薦《すいせん》いたした次第、然るに、商家に頼まれたの何のと、心外の至り、山城、近ごろ迷惑に存ずる」
うまいことを思いついて立派に言い退《の》けたが、淡路守は、もう聞く興味もなさそうに、わざと冷然と太柱《ふとばしら》によりかかって、しきりに何かお書物を調べながら、隣座《となり》の米倉丹後にささやいてにこにこ笑っている。
激昂《げきこう》した、山城守、思わず大きな声が出た。
「淡路殿、御返答ばし承わりたい」
「エッヘン! 返答? 何の返答じゃイ。わしにはさっぱりわからん。あアン?」
近藤相模守が、論争をぼやかすべく、また呆《とぼ》けて顔を突き出した。銘めい、となり近処と小さなグルウプを作って、思い思いにひそひそ話し込んでいた一同が、これで、ひとつの長閑《のどか》な笑い声を立てると、その中の間の一枚あけ限りになっているお杉戸のかげに隠れてすわって、さ
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