長庵になってみれば、油御用の株が伊豆伍から奪われて筆幸へ廻れば、筆幸から途法《とほう》もない謝礼が転がり込む約束になっているから、元より万事、慾と二人づれでなければ一寸も動かぬ長庵である。
今度は、真剣に働き出した様子。
三
こうなると、奇妙な因果関係《いんがかんけい》で、山城守が喬之助の首を見るためには、どうあっても神保造酒の助けを得ねばならぬ。神保の助けを得るためには、どうあっても園絵を強奪《ごうだつ》せねばならぬ。園絵を強奪するためには、どうあっても、長庵の手を借りねばならぬ。長庵の手を借りるためには、どうあってもお油御用を伊豆伍から取り上げて筆幸へ下命させねばならぬ。どうあっても、と、ねばならぬの連続だが、つまり、早く言うと、山城守は、神尾喬之助を首にするためには、ここはどうあっても筆幸に油御用を廻さぬばならぬ……という、これが、さながら鎖のように、脇坂山城を雁字《がんじ》がらめに縛《しば》っているので、それから、もう一つ、筆幸に油御用を言いつけるには、どうあっても係の雑用物頭をうごかさねばならぬ。
山城守は、簡単に出来るつもりで、係の者に話してみたのだが、係の者のいうには、それは簡単なことだけれど、ちょいと上役のお声掛りがなければならない。そこで最後に、山城守は係の者を動かすためには、どうあっても高役の同意を得なければならないことになったので、実は山城、みな異議なく賛成してくれることであろうと、ごく軽い気もちで、閉門《へいもん》を許されて第一の登城の今日の寄合いに、さっきふらりと言い出してみたのだ。
山城としては、急いでいることはいそいでもいた。
長庵のほうを毎日のように盛んに急《せ》きついているので、園絵は今夜にも源助町へ連れ込まれるかも知れない。そうなると、交換条件だけに、さっそく長庵のほうへ筆幸油御用下命の吉報を齎《もたら》さなければならないので、どうせ大したことでない以上、ひとつざっくばらん[#「ざっくばらん」に傍点]にブツかってみよう。老役連は気軽に、アア、それがいい、それが好いと言ってくれるであろうから、その言葉さえあれば、もう占《し》めたもの……そう思って、何気なさそうに切り出したのだったが、ところで、他の人々は、そうは取らない。閉門が解けて初めて出てくる脇坂山城、きゃつ何を言うかと些《いささ》か好奇心も手つだって
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