やい、話せるぞ」と、力いっぱい背中を叩《たた》きながら大声に笑いたかった。「おめえもやっぱり、弱いほう、理《り》のある方へ味方しようてえのかい。江戸っ子だ。嬉しい江戸っ子だ……」
が、現実にはかれは、何気なく言っていた。
「殺さねえように捕まえる。それで、相手が刃物を持っていると、こっちも刃物で抗《むか》って行かにゃならねえ」と、考え考え首を捻《ひね》って、「すると、むこうも危えし、こっちもあぶねえから、そこで、逃げるように……フウム、ところで、先様《さきさま》アいつも人斬庖丁《ひときりぼうちょう》を離したこたあねえのだから、いつも逃げ――」
金山寺屋は、ぴったり平《ひ》れ伏《ふ》した。
「いや、解りました。解りましてございます」
何だ、まだそこにいたのか……というように、忠相の眼が音松へ向って、
「よい、よい、行け」
切長の眼が、射《い》るように音松の横顔に据《す》わっていた。
三
切長の眼が、射るように喬之助の横顔に据わっていた。
荒木陽一郎だ。
畳に両手を突いた不動の伏像――喬之助を包囲して、瞬間、声もなく立ちはだかっていた十三人の番士と源助町の一統の中から、ワヤワヤと声が沸いた。
「飛んで火に入る夏の虫とは、まったくうまいことを言ったものだな」
「しかし、よくもこう大勢お歴々の揃っておる場所へ、図々《ずうずう》しく現れたものじゃな」
「四番首まで討って、天下に怖いものなしと、己惚《うぬぼ》れが嵩《こう》じておるのじゃよ」
「喬之助討取策の協議中に、当の喬之助が顔を出すとは、あまりお誂《あつら》え過ぎて、呆気《あっけ》ないワ」
「が、いつの間にどこからはいりこんだのであろう……」
「そッと入り込んで、吾れわれの話に加わっておったのじゃ。それにしても、元日の時そのままに、ああして、何を言われても動かぬところ、彼奴《きゃつ》なかなか芝居気がござるテ」
こうなれば、今でも直ぐに討ち取れると思うので、一同は喬之助を前に、にやにや笑いながら、大声に話し合っていると、実際、喬之助は、元日の時そのままに、何と言われても身動きだにしないでいる。
いつの間にかそれは、あの、騒動の発端《ほったん》の再演になっていた。
ひれ伏している喬之助の肩が、細かくふるえている。
「うむ、また泣いておるな」
「発見されて、ここで命を落すのが口惜《くや》しいの
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