で、年の頃は五十あまり、眉と眉の間に、一線、刻んだような深い傷のあるのが、たださえあんまり柔和《にゅうわ》でない先生の顔を、ことごとく険悪《けんあく》に見せている。
「しかし、」と造酒は語をつないで、「探し出すのは、わしらが役目ではないでの。それには、八丁堀もあれば、お手前の手もとにも、人数が揃っておろうと思う。で、どこそこにその喬之助がおると確かにわかれば、当方から出向いて首にする……それは、まア、その時の相談じゃが――」
 客の、御書院番頭脇坂山城守が、せき込んで、何か言おうとしたとき百余の門弟が寝泊《ねとま》りしている道場の方に当って、急にガヤガヤと人声が沸《わ》いた。

      五

 頼みに来たのだ。
 八丁堀たのむに足らず、家臣を督励《とくれい》しても捗《はか》ばかしくない。このうえは、剣門《けんもん》に縋《すが》って、喬之助を見つけ次第、叩ッ斬って首にして貰い、それを証拠に、改めて許しを乞うて自家の安泰を計ろうという、山城守の肚《はら》だ。
 夜陰、ひとりひそかにこの源助町の道場を叩いて、西丸《にしまる》お控《ひか》え役《やく》の司《つかさ》、今で言えば文書課長に当る身が、羽振《はぶ》りがいいといったところで、要するに巷《ちまた》の一剣術使い、神保造酒|風情《ふぜい》に、背に腹は換えられない、ペコペコでもないが、この通り、さっきからかなり頭を下げてお願い申すを繰り返しているんだが……。
 だいたいこの神保先生は、幕府の役人がいばりくさるのを、ふだんから心憎く思っている。ことに今夜、駕《が》を抂《ま》げたぞと言わんばかりに、こうしてやって来たのが、今いった政府の文書課長。自分は浪人言わば失業者の大将みたいなものだから、はじめッから少々|頭《つむじ》が曲《まが》っている。もっとも、人を斬ったり首を落したりする物騒なことは、三度の飯より好きで、三十年来そんな事ばかりやって来て、それがまた今日あるゆえんの神保造酒、もとより嫌いな話ではない。ほんとを言えば、早速引き請けちまいたいんだが、それでは貫目が下がるとでも思っているのか、すこし焦《じ》らしてやれ――意地悪も手つだって、すったもんだ、なかなか諾《うん》と言わないから、山城守は引っ込みがつかないで往生している。
 もともと職権をかさ[#「かさ」に傍点]に命じ得る仕事でもなければ、相手でもない。が、こうして
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