は、叫んでいた。

   生《い》きている死人《しにん》

      一

 荒木陽一郎、松原源兵衛、それに当家のあるじ横地半九郎の三御書院番士、及び、芝源助町の無形一刀流、神保造酒の道場から助剣に来ている三人の暴れ者、遊佐剛七郎、春藤幾久馬、鏡丹波……一座六人、ハッと申し合わせたように酒杯《さかずき》をひかえて、十二の眼が、いっせいに隅の屏風をかえり見た。
 俗に瘤寺《こぶでら》といった。四谷自証院の裏手、横地半九郎方の奥ざしきだ。
 ガヤガヤしてたやつがぴったり止《と》まる。見る――なるほど、銀地《ぎんじ》に短冊を散らし貼《ば》りにした屏風が、死人の枕頭《ちんとう》を囲むように、逆さに置いてあるのだ。
 さかさ屏風……不吉! は言うまでもない。が、見つけた荒木陽一郎が、
「おッ! 誰か死ぬぞッ!」
 と叫んだのは、些《ち》と大袈裟《おおげさ》だったので、真っ先に笑い出したのは、通称《つうしょう》源助町《げんすけちょう》の丹ちゃんこと鏡丹波だ。おさむらいにしてそんな通称があろうという、市井無頼《しせいぶらい》の徒と何ら選ぶところのない丹ちゃんである。服装《なり》だって見上げたもので、まだ薄ら寒いこの春宵《しゅんしょう》に、よごれ切った藍微塵《あいみじん》の浴衣《ゆかた》一まい、長い刀《やつ》を一本ブッこんで、髪なんかでたらめだ。クシャクシャに束《つか》ね上《あ》げている。
「わッはっは!」衝《つ》ッ掛るように笑って、「エオウ、誰か死ななきゃならねえなら、おいらが死んでやるから、みんな安心していねエ。だがヨ御同役、そ、そんな不景気な面をしてちゃア、酒が不味《まず》いや」
 だが、首を狙《ねら》われる三番士の身になってみると、そう呑気にしてはいられない。
 主人の横地半九郎が、真青な顔を陽一郎へ向けて、
「イヤ、これは、今夜の宿を引きうけながら、飛んだ失礼をつかまつった。折も折り、まことに縁起《えんぎ》でもない誤ち、何んとも拙者方家人《せっしゃかたかじん》の粗忽《そこつ》。ウウ荒木氏、松原氏、ママお気を悪くなされぬように……」
「お言葉で痛《いた》み入る」荒木陽一郎は、まだ、左手に引きつけた一刀を離さずに、「それは、マア、屏風の置き違えにはきまっておるが、場合が場合じゃテ、臆病《おくびょう》なようだが、ちょっとびっくり致した。大声《たいせい》を発して、大人気《おとな
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