リ園絵がお湯《ぶう》をつかっているに相違ない。琴二郎と二人きりの家で、今ごろ湯にはいって、しかもああおとなしく湯の音を立てているのは、女の園絵にきまっている――お絃|姐御《あねご》、一計を思いついて、ポンと右近の肩を叩いた。
「だからサ、ちょいと窓から顔を見せればいいんだよ。そんなに似ているんだもの。きっと間違えて飛び出してくるよ。あとはあたしがひき請《う》けて駕籠へ乗せちまうから――だけどお前さん、あんまり長く見ていると承知しないよ」
これが成功したのだった。
右近の顔を喬之助と思い、ああやって走り出て来た園絵、いままた、駕籠の一つにその喬之助がいると聞かされて、狂ったようにホラホラホラと、三梃の駕籠のまわりを駈け迷いながら、
「どれでございます。どのお駕籠でございますッ、喬さまのいらっしゃるのは?」
一つずつ手をかけて、垂れをはぐって行こうとするから、情《じょう》に打たれてボンヤリ見ていたお絃が、あわてて止めた。
「シッカリなさいよ。ここは往来じゃないか。人眼についたら、どうするつもりだえ。サ、あたしが好い所へ連れてって、ゆっくり会わして上げるからサ、悪いようにはしないよ。早くこの駕籠へお乗り!」
ここにいる喬様に、今すぐユックリ会える……園絵ははや涙ぐんで、言われるまま駕籠へうずくまる。駕籠|舁《か》きには委細《いさい》命じてあるから、ギイと上ってスタスタスタ、急ぎ行きかけるかと思うと、なかなか出ない。
殿《しんがり》の駕籠にいた茨右近、ヒョイと顔を出して見るてエと、知らずのお絃ちゃんが自分の駕籠へはいろうともしないで、かごに凭《もた》れてしきりにクシャンクシャン鼻をかんでいるので、
「やい、何をしてやんでエ! さっさと乗らねえか」
低声に叱咤《しった》した。お絃ちゃんは、湿《うる》み声だ。
「やかましいやい。泣いてるんだい」
「何をッ! 手前は何も泣くこたアねえじゃアねえか」
「うるさいねえ。あたしゃ情にほだされて――こんなに旦那のことを思ってる奥さん、ちょいと、まるで眼の色が変ったよ――ねエ、それにつけても、仲よくしようねえ」
「そうだ。もソッとおいらを大事にすることだ」
「大事にしてるじゃないか。これ以上大事にしたら、お前さんの命が保《も》たないよ」
駕籠屋の一人が口を入れた。
「テヘヘヘヘ、あっしアまだ独《ひと》り者なんだ、だいぶこてえや
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