ござりまする」
「何と? 長庵が参った。きゃつまた、何ぞ悪だくみをしおって、このわしに、一泡ふかせようの魂胆《こんたん》でがなあろう。ウフフ、誰がその手に乗るものか。ドレ、ひとつ見てやれ」
お城へ出ては万年平番士だが、それでも二千石のお旗本、玄蕃、家では相当に威張っている。
綱《つな》まきの刀をその儘にして、源伍兵衛をしりへに、肥《ふと》り気味の身体を玄関《げんかん》へ運んだ。
「おう、長庵か。よく来た。ちょうど羽衣を唸《うな》ってナ、相手のほしかったところである。上れ」
敷台《しきだい》に立ちはだかって戸外《おもて》へ呶鳴《どな》った玄蕃、三ッ引の紋を置いた黒|羽二重《はぶたえ》を着流し、茶博多《ちゃはかた》を下目に結んで、大柄な赭黒《あかぐろ》い顔と言い、身体がたっぷりしてるから、なかなかどうして、貫禄《かんろく》のある立派な殿様ぶりだ。
五
長庵は、口もきけない様子。宗匠頭巾《そうしょうずきん》を片手に握り締めて、しきりに坊主頭を振り立てながら、懸命に手招《てまね》ぎする恰好が、どうも尋常でない。まんざらいつもの悪ふざけとも思えないから、不審《ふしん》を打った大迫玄蕃が、
「何だ、そこまで出て来いというのか。何だ一体」
渋々《しぶしぶ》履物《はきもの》を突っかけて玄関を出た。見ると、屋敷の者が四、五人、手に手に提灯《ちょうちん》を持って、ポカンと口を開け、ひどく感心したように玄関の戸の表側《おもてがわ》を見上げている。
「殿様、あれを――」
長庵が指さした。下郎の一人が、手の提灯を高だかとさし上げる。
何だ――と、眼を遣った大迫玄蕃、しずかに読み出したのだが、途中から声が消えた。
「なに、お命頂戴、ただいま参――と。ふウム」動揺《どうよう》した顔がさッと長庵をふり返って、「これ、長庵、悪戯《あくぎ》にもほどがあるぞ。仮りにも、命を貰うとは何だ。ヤイ、命を貰うとは何だッ」
「へッ?」顔突き出した長庵、「すると、何でございますか。手前がこの紙を張って置いて、人|騒《さわ》がせに喚《わめ》き立てたとおっしゃるので――? 聞えません。殿様、そいつア聞えません。殿様方のお屋敷はお城も同然、お玄関と申せば大手先、何ぼ長庵めはしが[#「しが」に傍点]ない町医風情とは申せ、それだけの儀は心得ておりまする。その大手へ、事もあろうにお命が所望などと、
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