な装《つく》りだが、皆これ出羽守お気に入りの家臣なので、こうして主君出羽の御微行《おしのび》の供をして、この猿の湯へ湯治に来ているのだった。
 悪遊びと乱行が、骨の髄まで染み込んでいる出羽守は、市井《しせい》無頼《ぶらい》の徒のようになっていて、この側近の臣に対しては、あまり主従の別を置かないのである。
 ぐっと砕《くだ》けてでて、まるで友達扱い。
 それにはまた、この取巻きに要領の好いのばかりが揃っていて、殿のこの気性をすっかり呑み込んで、よくないことにすべて御相伴にあずかるといったふうだから、この傾向はいっそう助長されるばかり、ことに今は、世を忍んで入湯に来ていて、宿にさえ身許を明かしてないのだから、さながら旅の浪人者の一団、出羽守はその中でのいささか頭分と見えるだけだ。
 府中あたりの田舎浪士が、気楽な長逗留という触れ込みで、藤屋でも、この一行の身分は知らないのである。
 ひとつには、今いった、やくざの寄合いのような一同の態度物腰と、もう一つは、祖父江出羽守、寝ても覚めても白の弥四郎頭巾をかぶっていて、ついぞ顔を見せないからで――。
 前の谷の猿の湯へは、必ず真夜中に、そっと一人で降りて行く。
 日中は、ざしきの片隅の屏風のかげに、例の弥四郎頭巾に面体を包んで、長身のからだを横たえたきり――これでは、宿のものにも里人にも、何者とも知られようがないのに不思議はない。
 何か、曰《いわ》くありげなようす。
 とりまき連は日夜酒で、きょうも朝から痛飲、放歌乱舞、すわり相撲やら脛押しやらそれを出羽守は弥四郎頭巾の中から眼を光らせて、終日、にやり、にやりと笑って眺めているので。
 よほどどうも変った大名には相違ない。
 いま。
 伴大次郎が女髪兼安を佩して、三国ヶ嶽の頂上を指して闇黒に消えて行ったすぐあと。
 見送っていた法外先生と千浪は、ほっと溜息を残してしょんぼりと、促《うなが》し合って梯子段を、二階の自室《へや》へ帰って行こうとしている。
 とん、とん――とん! と、父娘が階段を踏み上る跫音に、広間の一同は、出羽守の弥四郎頭巾へ据えていた眼をかえして、またじっと、登って行く千浪の背後《うしろ》すがたを凝視《みつ》める。淫靡《いんび》な視線が、千浪の腰、脚のあたりに、絡むように吸いついて。
 大兵の中之郷東馬、さも感に耐えたように、赭ら顔を一振りふって大声に、
「い
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