法外と眼を見合わせる。
法外は、ううむと唸っただけだった。膝に話しかけるように、うつむいたまま大次郎は語をつないで、
「そのため母は、遠州相良の空を白眼《にら》んで、自害してはてました。」
千浪も法外も、うな垂れるばかり――言葉もない。
ややあって法外は、顔を上げ、
「その出羽守の暴状を、公儀へ訴え出る途もあったであろうに、なにゆえしかるべき当路者《とうろしゃ》へ、差し立て願いに及ばんだのかの――上も、それだけの狼藉《ろうぜき》ぶりを耳にしては、そのままに打ち捨ておくわけにはゆかんはずだが。」
「さ、それでございます。名主《なぬし》をはじめ村有志が、たびたび江戸表へ出府して、伝手《つて》を求めて訴え出ようとしたのですが、公儀も、この出羽守の乱暴を薄うす承知しておりながら、誰一人、田万里の哀訴《あいそ》を取り上げて老中に取り次ごうとする者のないのは、かの祖父江出羽守というのは、大老|中良井《なからい》氏の縁続きになっておりますので――それで、きゃつ出羽め、菊の間詰めのいわば末席ではありますが、柳営《りゅうえい》でもなかなか羽振りがよく、皆、大老の気を兼ねて出羽守の言動には御無理ごもっともの一点張り、触らぬ神に崇りなしの扱いだとのこと――出羽守もまた、これをよいことに、田万里の猟くらの惨虐は募る一方でござった――。」
「ふうむ、中良井の髯の塵を払って、幕政の面々、出羽の無道に眼を瞑《つぶ》っておったわけか。」
山奥に住む無力の民は、こうして権勢を被《き》る狂君の蹂躙下《じゅうりんか》に放置されて、まき狩のたびごとに、上は出羽から、下は仲間小者のために、犯される女人、斬り殺されるもの、数知れず――。
そこへ矢つぎ早やに絞るような年貢、納め物の取り立て。
村ぜんたい、すっかり荒らされきって、一家一族は手を引き合って、思いおもいの方角に山を下り、猫の子一ぴき入って残らぬ無人郷。七年まえ。
それから、廃村に桃の花が散り、七年の星霜を閲《けみ》した。
長ばなしを終った伴大次郎、女性のような美しい顔に、きっと眉を吊って、
「はは、ははははは、下らぬ因縁話に、思わず身が入りました。お耳をわずらわして、おそれいります。」
豁然《かつぜん》と哄笑《わら》うと、千浪はまだ打ち解《げ》せぬ面持ち。
「御一家ははて、お故郷《くに》はそういうことになり、ほんとうに、御心中お察し
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