「さあ、そこの番つく[#「つく」に傍点]初太郎どんに宇之吉さんとやら。御苦労かけてすまねえが、なに、係り合いだ。ちょっくら階下の初太郎どんの部屋まで降りてもらいますべえか。」と藤吉は文字若を顧みて、「師匠、仇敵が取れるぜ。」
「あれ、親分さん、ほんとでございますか。」文字若はもう顔色を変えている。「お嬲《なぶ》りなすっては嫌でございますよ。」
「うふふ、せっかく、狂言《しべえ》の幕の割れるところだ。面白えから付いて来なせえ。」
おろおろしている宇之吉初太郎の両人を、六尺近い腕力家の勘弁勘次に守らせ、それに、今すぐ謎の下手人のわかると聞いて勇みと憎悪に顔色を蒼くしながら欣《よろこ》ばし気にいそいそ起って来る文字若――四人を伴れて、藤吉は、その真下の初太郎の部屋へ降りて来た。
部屋へはいると同時に、急な変化が藤吉の態度に現れた。その釘抜のような脚で大股に、かれは縁の外側の敷居――雨戸の敷居――の戸袋寄りのところ、ゆうべ初太郎がそこを開けてお美野の死体が宙乗りしているのを見たという、その一枚分の敷居へ、つかつかと進むと、もう藤吉は、一分前とは別人のように、笑いの影など顔のどこにも見られな
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