たのさ。素人のあっしなんか、どうにも勘考《かんがえ》のつけようのねえ不思議な死に様《ざま》だあね。何て言ったってお前、お美野さんの屍骸がよ、その初太郎てえ野郎の眼の前で、こう宙乗りをやらかしたんでごわすからな――あうへっ! これだけは釘抜の親分も、どうやら手を焼きゃあしねえかと、ま、こいつああっしの、余計な心配かもしれねえが――。」
すっくと起ち上った釘抜藤吉だった。五尺そこそこの矮躯《わいく》に紺の脚絆、一枚引っかけた盲目縞《めくらじま》長ばんてん、刀の下緒のような真田紐《さなだひも》を帯代りにちょっきり結んで、なるほど両脚が釘抜のように内側へ曲がっている。いわゆるがに[#「がに」に傍点]股というなかで、もっとも猛烈な部に属する。慾目にも風采が上っているなどと言えないばかりか、正直のところ、まず珍々妙々なる老爺であった。
藤吉は、鷲掴みにした手拭いをはだけ[#「はだけ」に傍点]た懐ろから覗かせて、ちょこちょこと土間に降り立った。話なかばだから、驚いたのはに[#「に」に傍点]組だった。出口を塞ぐように立ちはだかって、
「親分、どちらへ――。」
言いかけた彼は、二度びっくりしなければならなかった。つと振り向いた藤吉の顔である。別人のような活気が漲って、獲物を香《か》ぎつけた猟犬の鋭さが、その眇《すがめ》の気味のある双眼に凝って、躍動して、放射している。その瞬間、に[#「に」に傍点]組の頭常吉は、この藤吉の眼の光に、柄にもなく現世で一番美しい、そして一ばん恐しい物を見たような気がした。それは、人間の意力が高潮に達した時に発する、一種の火花のようなものかもしれなかった。
四
「どこへ行く? べら棒め! 知れたこっちゃあねえか、大鍋へ出張って、ちっといじくってみべえか――勘、汝も来い。」
「あい。」
「彦、手前も気になるようなら随《つ》いてくるがいいや。」
「へえ。お供させていただきやす。」
「頭あ、ことの次第はみちみち承るとしよう。」
勘次が、戸前の焚火に水をぶっかけてそのまま合点小路を立ち出でた。なんとも奇妙な同行四人である。まともな恰好をしているのは常吉だけで、取られつづけの博奕打ちのような藤吉親分、真っ黒な痩せた脛で味噌こし縞ちりめんの女物の裾を蹴散らかして行く勘次兄哥、どんな時も商売を忘れないで、紙屑、鼻緒、木ぎれ、さては襤褸《ぼろ》でござ
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