、不可思議な出来事であれば、あるほど、その連鎖に、偶然の力が色濃く働いていて、いっそう解決は容易なのである。
 釘抜藤吉は、漠然《ぼんやり》とだが、いつも、こんなようなことを考えていた。岡っ引藤吉の、岡っ引らしい、これが、唯一の持論だったと言っていい。
 が、この竜手様の一件だけは、その最後まで考え合わせると、ただ単なる偶然として、片づけ去ることのできないものがあるように、思われてならない。
「薄っ気味の悪い不思議だて――。」後あとまで、藤吉はよくこう呟いて、首を捻ったと言う。不思議ということばを、釘抜藤吉は、はじめて口にしたのだった。
 偶然を、藤吉親分は、巡り合わせと呼んでいたが、そのめぐりあわせだけでは説き得ない、割りきれないものが、藤吉《かれ》の心に残ったに相違なかった。
 惣平次は、しなだれて、押入れを開けた。奥へ這い込むようにして、しばらく押入れ中ごそごそ言わせていたが、やがて、発見《みつ》け出した竜手様を、汚なそうに、怖ろしそうに、指さきに挾んで、腰を伸ばした。
 額部が、汗に冷たく、盲目のように、空に両手を泳がせて、部屋の真ん中に立った。
 おこうの顔も、米のように、白く変っていた。いま何よりも惣平次の恐れている、いつものおこうのようでない表情が、眉から眼の間に漂って、すっかり、相違いがしていた。
「願いなさい!」
 強い声だ。おこうが、命令したのだ。藤吉もわれ知らず起って、炉の火の投げる光野《ひかり》のなかへ、はいって来ていた。
「ばかばかしい――。」
 惣平次が、呻くと、おこうは、蒼白く笑って、
「お前さんこそ、そのばかばかしいことで、庄太郎を殺したんじゃないか。お前さんが、百両の代に殺した庄吉を、生き返らせるんですよ。さ、願いなさい!」
 竜手様を持った惣平次の右手《めて》が、高く上がった。
「どうぞ、庄太郎が生きかえって来ますように――。」
「今すぐ!」
「今すぐ!」
 竜手様は、畳へ落ちて、小さくもんどりを打った。それを見つめながら、惣平次も、気が抜けたように、べたんと坐っていた。
 おこうは、異様に燃える眼を、土間の戸口へ据えて、男のように、立ちはだかったままだった。
 三人を包んで、深夜の静寂《しじま》が、ひしめいた。
 つと、おこうが、しっかりした足取りで、部屋を横切った。そして、石場に面した連子窓《れんじまど》の雨戸を開けて、戸外《
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