ってな、吹けよ、川風、上れよ、すだれ、の風なんざあ粋だが――おい、庄太、手前、砂利舟は、しっかり舫《もや》ったろうな。」
 惣平次は、いま打った駒で、取り返しのつかなくなった盤面《ばん》を庄太郎に気づかれまいとして、何げなく、ほかの話をしかけて注意を外らすのにいそがしかった。
 が、庄太郎は、二十三の青年らしい、ほがらかな微笑をひろげていた。
「うふっ! 父《ちゃん》、すまねえが、おらあ勝ってるぜ。」
 ごろっと、後頭部へ両手をまくらに、引っくり返った。
「出直せ、出なおせ。」
「この風だ。今夜はお見えになるまいて。」
 盤の駒をあつめながら、惣平次が、いった。
 おこうが、
「久住《くずみ》さんかい。」
 針を休めて、訊くと、
「なんぼあの旦那が物好でも、こんな大風の晩に出歩くこたあねえからな。」惣平次は、将棋に負けたので、八つ当り気味に、「おらあ好かねえよ。稼業たあ言い条、こんな石場の突鼻に住んでるなんざあ、気の利かねえはなしだ。まるでお前、なんのこたあねえ。千川っぷちの渡守りみてえなもんじゃあねえか。御近所さまがあるじゃあなし、何があったって早速の間にゃあ合やしねえ。ああ嫌だ、嫌だ。この年齢になって石場の番人なんて、外聞《げえぶん》が悪くて、人に話もできやしねえ――。」
 おこうは取り合わずに、
「また愚痴がはじまったね。まあ、いいじゃないか。もう一ぺん将棋をおさしよ。今度はお前さんが勝つだろうから、それで機嫌を直すんだね。」
 息子の庄太郎が、むっくり起き上って、
「ほんとだ。父《ちゃん》もおふくろも、もうすこし辛抱していてもらえてえ。おいらが一人前の瓦職になるまであ、ま、隠居仕事だと思って、この石場の番人をつとめていてくんねえよ。なあに、おいらだって、いつまでもこのまんまじゃあいねえつもりだ。おっつけ親方の引き立てで、相当の人区《にんく》を取るようになる。そうすりゃあ、父にもおふくろにも、うんと旨《うめ》えものを食わして、楽をさせてやらあ。」
 急にしんみりと、おこうは、涙ぐんで老夫《おっと》を見た。
「庄太が、まあ、あんなたのもしい口をきくじゃあないか。いい若い者で、悪遊びに一つ出るじゃあなし、――あたしゃなんだか、泣かされましたよ。」
「やい、庄公。」惣平次も気を取り直して、「こりゃあおやじが悪かった。てめえのような評判の孝行息子を持ちながら、不平《こ
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