久の師匠は――?」
「溜りに、出を待っております。」
「ほかに、この辺に人はいなかったといいなさる。」
「はい。どなたも見かけませんでございました。」
「おう、円枝さんえ。」藤吉は、不意に声を落して、顔を突き出した。「隠しちゃあいけねえ。おっと、あわてるこたあねえのだ。おまはん、武右衛門とは、普段から仲が悪かったろうな。」
 急に蒼褪《あおざ》めた円枝が、無言で、口を開けたり閉じたりしていると、おこよが言葉を挾んで、
「それは親分さん、あたしから申し上げます。武右衛門さんも、そりゃあ好い人でしたけれど、うるさくあたしにつきまとって、あんまりくどいんで、それに、あたしが嫌がってることを知ってるもんですから、なにかにつけ、円枝さんが買って出てあたしを守護《まも》って下すったんです。」
「とんだ惚気《のろけ》だ。」苦笑が、藤吉の口を曲げた、「ここらあたりと狙って、ちょっと一本|放《ぶ》ちこんでみたんだが、おこよさんの口ぶりじゃあ、どうやら金の字だったようだのう。」
 にやりと、彦兵衛をかえり見ると、とむらい彦は、立ったまま寒そうに貧乏揺ぎをしながら、
「親分、あんな大の男が、どうしてああちょろっと絞め殺されたのか、それがあっしにゃあ、まだわからねえ。」
「べら棒め、おいらにもわからねえことが、彦づらに解ってたまるけえ。」
「だがね、親分。こりゃあ、絞め殺されたというよりあ、首に紐を巻かれて、はっとしてあわてる拍子に、自分で縊れ死んだ――んじゃあねえか、と、まあ、こいつああっしの勘考だが――。」
「でかしたぞ、彦。じつあおいらも、そこいらのところと――つまり、武右衛門は、いわば自力で縊ったようなものと、とうから踏んでいるのだ。が、誰が、どうやって、廊下を通ってる武右衛門の頸部へ、紐を巻いたか――。」
「影の仕業《しわざ》だね、親分。」
「そうよ。影の仕業よ。でその影あ――。」
「そこだて――。」
 彦兵衛が、しっくり腕を組むと、藤吉は、珍しくにこにこして、
「彦、一足だ。よく考えてみな。おいらにゃあもう、およその当りはついてるんだ、ふははははは。」
 銀兵衛や梅の家連の報せで、芸人の溜りから人が出て来て、楽屋うらは、騒ぎになりかけていた。
 操り人形の名人として知られている竹久紋之助も、いつの間にかその部屋へはいって来ていて、おこよと円枝のうしろに、気むずかしそうな、老いた
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