たように、彦兵衛の顔を大得意に見せているのである。
 が、いつしか彼も、そんなことで呑気《のんき》に構えてはいられなくなった。
 二二んが四、二三が六――これならなんでもないが、この武右衛門の死は、二二んが五、二三が七でもあり、八でもあろうという、異中の異である。理外の理である。
 釘抜藤吉も、とくと思案しなければならなかった。
 思案に落ちると、かれは爪を噛む習癖《くせ》がある。
 で、いま藤吉は、こうしてしきりに爪を噛んでいるのだ。

      六

 高座からは、梅の家連の踊りの足ぶみ、手拍子が、お囃しの音とともに、賑やかに聞こえて来ている。
 四、五人が、細い廊下に重なり合って武右衛門の屍骸を覗き込んで、みな集っていた。
 戸外《そと》は、初夏の夜の霧雨が、濃くなって行くらしい。
 近くの紀伊の国橋のはし桁《げた》を鳴らして、重い荷を積んだ大八車の通り過ぎて行く音が、どうかするとかみなりのように大きく長く、つづいていた。
 銀兵衛が立ち去って行くと、藤吉は、席主の幸七と葬式彦兵衛を伴れて、高座の上り口近い、はだか蝋燭の立っている戸のそばまで、引っ返した。
 戸の隙間から高座を覗くと、列なって踊っている女たちのうしろ姿が見える。
 藤吉は、何か言おうとして幸七をふりかえったが、その時、右隣の、出番の近い芸人たちが待ち合わせることになっている小部屋に、文楽のような、人形師紋之助の操り屋台が置いてあるそのそばに、ひそひそ心配そうに話し合って、話し家の円枝と、紋之助の三味のおこよとが、しょんぼり立っているのが藤吉の眼にはいった。
 おこよは、生え際の美しい、眼のぱっちりした、まだ娘むすめした顔である。
 二人とも、藤吉の視線を受けて、何も言わない先に、昂奮して蒼くなっている額を持って来た。
 こわごわ藤吉のほうへ屈んで、円枝が、
「武右衛門さんに、変り事があったようでげすが、べつにたいしたことは――。」
 狭い咽喉を出るような、かすれた低声《こごえ》だ。いつも高座で人を笑わせているところばかりを見ているだけに、またおどけたことを吐くのが稼業で、地《じ》の奇妙な顔が身上《しんじょう》になっているので、この男がこうして真面目なのは、なんとも不気味で、ほとんどもの凄いような感じさえするのだった。
「おうさ。」藤吉親分の、無表情な応答《こたえ》である。「別にたいしたこたあ
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