橋を渡って本姫木町七丁目を飛ぶように、通り三丁目に近い具足町の葉茶屋徳撰の店頭《みせさき》まで駈けつけた。
「五つごろまでに埒《らち》があいてくれるといいが――。」
 一枚取り外した大戸の前に、夜来の粉雪を踏んで足跡の乱れているのを見ると、多年の経験から事件の難物らしいのを直感した藤吉は、こう呟きながら、その戸のなかへはいり込んだ。燭台と大提灯の灯影にものものしく多勢の人かげが動いているのが、闇に馴れない彼の眼にもはっきりと映った。
「これは、これは、八丁堀の親分。ようこそ――と言いてえが、どうもとんだことで、さ、さ、ずっと――なにさ、屍骸《しげえ》はまだそっと[#「そっと」に傍点]そのままにして置場にありやすよ。」
 こう言いながらそそくさ[#「そそくさ」に傍点]と出て来たのは町火消の頭《かしら》常吉であった。
「旦那衆はもうお見えになりましたかい。」
 番太郎が途草を食っているわけでもあるまいが、どうしたものか、検視の役人はまだ出張して来ないという常吉の答えを背後に聞き流して、湿っぽい大店の土間を、台所の飯焚釜《めしたきがま》の前から茶箱の並んでいる囲い伝いに、藤吉と彦兵衛の二人は
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