が、だんだん怪しく感じ出したものか、根掘り葉掘り鎌を掛けて問い詰めて行く内に、付け焼き刃の悲しさ、とうとう暴露《ばれ》そうになったので、兇状持ちの仙太郎は、事面倒と、徳松殺しの一件を吐き出すと同時に、山猫のように猛りかかって腰の手拭いで難なく撰十の頸を締め上げたのだった。
後は簡単だった。
度を失っている清二郎に手伝わせて、重い撰十の屍骸を天井から吊る下げ、踏台として足の下に宇治の茶箱を置き、すっかり覚悟の縊死と見せかけようと企んだのである。
「それにしても親分。」
町役人の番屋から出て来るや否や、番頭の喜兵衛は藤吉の袖を引いた。
「初めから仙太郎と睨みをつけた親分さんの御眼力には、毎度のことながらなんともはや――。」
「なあに。」と藤吉は人のよさそうな笑いを口許に浮べて、
「あっしのところへ注進に来た時に、いつになく皺くちゃの手拭いを下げていたのが、ちら[#「ちら」に傍点]とあっしの眼について、それがどうも気になってならねえような按配《あんべえ》だったのさ。」
「そうおっしゃられてみると、なるほど仙太郎はいつも手拭いをきちん[#「きちん」に傍点]と四つに畳んで腰にしておりましたのですよ。」
「それに、お前さん。」
と藤吉は並んで歩みを運びながら、
「お関取りの足場にしちゃ、あの茶箱は少し弱すぎまさあね。」
「踏台から足がついたってね、どうだい、親分、この落ちは?」
と彦兵衛が背後で笑声を立てた。
「笑いごっちゃねえ、間抜め、お取り込みを知らねえのか。」
と藤吉は叱りつけた。そしてまた同伴《つれ》を顧みて、
「が、喜兵衛さん、ま、なんと言ってもあの綱の結び目が仙の野郎の運のつきとでも言うんでしょう。ありゃあ水神結びってね、早船乗りの舵子《かこ》が、三十五反を風にやるめえとするえれえいわく因縁のある糸玉《いとだま》だあね。あれを一眼見てあっしもははあ[#「ははあ」に傍点]と当りをつけやしたよ。仙は故里《くに》の石の巻で松前通いに乗ってたことがあると、いつか自身でしゃべっていたのを、ふっと、思い出したんで――。だがね、あれほど重量《めかた》のある仏を軽々と吊り下げたところから見ると、こりゃあ一人の仕業じゃあるめえとは察したものの、上布屋のことを聞き込むまでは、徳松一件もてえして重くは考えなかったのさ。ま、番頭さん、お悔みはまた後から――いずれ一張羅でも箪笥の底から引きずり出して――。」
もう解け出した雪の道を、八丁堀の合点長屋へ帰って来た藤吉彦兵衛の二人は、狭い流し元で朝飯の支度をしていた勘弁勘次の途法もない胴間声で、格子戸を開けるとすぐまず驚かされた。
「すまねえ。」
と勘次は火吹竹片手にどなった。
「今し方頭の常公が来て話して行ったが、親分、徳撰じゃえれえ騒動だってえじゃありませんか。知らぬが仏でこちとらあ白河夜船さ、すみません。ま、勘弁してくんねえ。それで犯人《ほし》は?」
「世話あねえやな。」
釘抜藤吉は豪快に笑った。
「朝めし前たあこのことよ。なあ、彦。」
が、七輪に沸《たぎ》っている味噌汁の鍋を覗き込みながら、葬式彦兵衛は口を尖らせた。
「ちぇっ。」と彼は舌打ちした。
「勘兄哥の番の日にゃあ、きまって若芽《わかめ》が泳いでらあ。」
底本:「一人三人全集1[#「1」はローマ数字、1−13−21]時代捕物釘抜藤吉捕物覚書」河出書房新社
1970(昭和45)年1月15日初版発行
初出:「探偵文藝」
1925(大正14)年4月号
入力:川山隆
校正:松永正敏
2008年6月7日作成
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