高笑いを洩らした。
「仙さん、お前寝る前にとろ[#「とろ」に傍点]の古いんでも撮《つま》みなすったか、あいつあよくねえ夢を見させやすからね。はっはっ。」が、おっ被せて仙太郎が色を失っている唇を不服そうに尖らせた。
「夢じゃありましねえ。」
「と言うと?」藤吉は思わずきっ[#「きっ」に傍点]となった。
「ああに、夢なら夢でも正夢《まさゆめ》でごぜえますだよ。旦那の身体がお前さま、置場の梁にぶら[#「ぶら」に傍点]下って。」
「だが、仙さん、お待ちなせえ。」
 と彦兵衛はいつになく口数が多かった。
「あっしが昨夜お店の前を通った時にゃあ、旦那は帳場傍の大火鉢に両手を翳《かざ》して戸外《そと》を見ていなすったが――。」
「止せやい。」
 と藤吉が噛んで吐き出すように言った。
「その顔に死相でも出ていたと言うんだろう。」
「ところが。」と彦兵衛も負けていなかった。
「死相どころか、無病息災《むびょうそくさい》長寿円満《ちょうじゅえんまん》――。」
「そこで。」
 と藤吉は彦兵衛のこの経文みたいな証言を無視して、こまかに肩を震わせている仙太郎へ向き直った。
「お届けはすみましたかい。」
 ごくり[#「ごくり」に傍点]と唾を呑み込みながら、仙太郎は子供のように頷首《うなず》いて見せた。
 満潮と一緒に大根河岸へ上ってくる荷足《にたり》の一つに、今朝は歳末《くれ》を当て込みに宇治からの着荷があるはずなので、いつもより少し早目に起き出た荷方の仙太郎は、提灯一つで勝手を知った裏の置場へはいって行くと、少し広く空きを取ってある真中の仕事場に、宙を浮いている主人撰十の姿を発見して反《の》けぞるほど胆を潰したのだった。狂人のように家へ駈け込んだ彼は、大声を張り上げて家中の者を起すと同時に、番頭喜兵衛の采配で手代の一人は近所にいる出入りの医者へ、飯焚きの男が三町おいた番太郎の小屋へ、そして発見者たる彼仙太郎はこうして一応繩張りである藤吉の許まで知らせに走ったのであった。
「そうして、なんですかい?」
 帯を結び直しながら藤吉が訊き返した。
「旦那方はもうお見えになりましたかい?」
 ここへ来るより番屋の方が近いから、役人たちも今ごろは出張しているであろうと答えて、藤吉らもすぐ後を追っかけるという言質《ことぐさ》を取ると、燃えの低くなった提灯の蝋燭を庇いながら、折柄軒を鳴らして渡る朝風のなかを
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