って引き揚げた首、勘次の差しかける傘に隠れて、藤吉が検する。
「や、白髪じゃねえか。」呻いた藤吉、ぐい[#「ぐい」に傍点]と濡髪を扱《しご》いてみてから、「うむ、若白髪だな、勘、見ろい、これ、手に、墨が落ちるぜ、ふうん、染めてやがったか。や、や眉毛がねえぞ。だが、顔付《そっぽ》は皆目《まるきり》わからねえ。よくもこう切り細裂《こまぜ》えたもんよなあ。怨恨だ、なあ勘、われに訊くが男の恨みでいっち[#「いっち」に傍点]根深えのあ――?」
「はあて、知れたこと。女出入りさ。」
「おう、そこいらだんべ。この界隈《けえうええ》に行方知れずは?」
「ありゃあ耳に入るはず。」
「だが勘、昨夜の今朝だぞ。」
「これだけの人たちだ、心当りの者あ自身突ん出て来やしょう。」
「うん。それもねえところ見りゃあこの首あ遠国の者かな――が、江戸も広えや、のう。」
「あいさ、斬口あ?」
「鈍刀《どす》だ、腕もねえ――さ、口中だ。歯並び、舌の引釣り、勢《せい》があるぞ。」
「若えな。」
「うん。二十二三――四五、とは出めえ。細頸――小男だな。勘、聞け、好えか、二十二三の若白髪、優型で眉毛のねえ――これが首の主だ、どうでえ、野郎、ぴん[#「ぴん」に傍点]と来るか。」
「いっこう来やせんね。」
「だらし[#「だらし」に傍点]がねえな。」薄笑いが藤吉の口尻に浮ぶ。「首は宜え。が、胴体がどうした?」
「どこにどうしてござろうやら、さ。」
「そのことよ。俺にも見得《けんとく》が立たねえ。犯人《ほし》は?」
「へっ、真闇黒《まっくらがり》。勘弁ならねえや。」
「はっははは、御同様だ。勘、掘じくれ。」
突如藤吉の指さす方、天水桶の傍に、紫の煮出し殻を四角の箱から開けたまま強飯《こわめし》みたいに積み上げてある江戸紫屋自慢の看板。
が、掘じくるまではなかった。何か出て来るかもしれないと勘次が上部《うえ》へ指を入れると、触った物があるから引き出した。紫縮緬《むらさきちりめん》女持の香袋《においぶくろ》、吾妻屋の縫《ぬい》がしてある。
「堅気じゃねえな。」
にやり[#「にやり」に傍点]とした藤吉、に[#「に」に傍点]組に首を持たしてひとまず番所へ預けにやった後、殻を払った香袋《においぶくろ》を懐中にして、また桔梗屋へはいって行き、事納《ことおさめ》に竿の代りに青竹を立てた仔細を胡散《うさん》臭《くさ》く白眼《にら》んだらしく、それ[#「それ」に傍点]となく訊き質してみたが、ただこの家の吉例だとのこと。
弥造を肩へ立てて、藤吉、勘次を引具して店について裏へ廻った。
何人とも解らない首が縁もゆかりもない家の軒に懸っていた。こんなことがあり得ようか。
顔を滅多斬りにしたのは果して遺恨だけか、または首の身許の知れるのを懼《おそ》れてか。
竹を外し、笊を取り、首を刺してまた竹を立てておいたものであろうが、それなら、その笊はどこにある? 首のない屍骸はどうした? ここで斬ったのか、外から持って来たものか。吾妻屋とある香袋は、首の主と引っ懸りがあるか。庇の下で細工をする時、犯人の身内からずれて紫殻の中へ落ち込んだのか、あるいは故意《わざ》と隠したのか。いたずらか、脅しか、恨みか。犯人の眼星は――?
雨がすべての跡を消して、軒下の模様からは何ものも掴めなかった。八丁堀合点長屋を前に挑みかかるようなこの兇状、藤吉、自身の名に対しても心《しん》から犯人を憎いと思った。己れ、挙げずにおかいでか――決意が、深い皺となって釘抜親分の額部を刻んだ。潜《もぐ》り潜って真相《まこと》の底へいたるのが、藤吉の役目でもあり、また興でもある。今度とてぬかってなろうか、藤吉、石のように口を噤《つぐ》んで、歩を拾った。
裏の染場、その蔭に空地、向うに一棟、小さな物置場が建っている。
審《しら》べあぐみ、廻り廻ってこの小屋へ来た藤吉、年久しく使いもしないと見えて朽ちた板戸に赤錆びた錠が下りている。開きそうもない。が、何も試み――と手を掛けると、不思議や、錠は案山子《かかし》、するする[#「するする」に傍点]とひらいた。
「勘、きな[#「きな」に傍点]臭えぞ。」
「さては、火元が近えかな。」
踏み込んだ二人の鼻を、埃の気がむっ[#「むっ」に傍点]と打つ。見まわす土間、狭いから一|眼《め》だ。古い道具やら空箱の類が積んである奥に、小窓を洩れる薄陽の縞を受けて二つ並んだ染料の大甕《おおがめ》、何を思ったか藤吉、転がるように走り寄って覗き込んだ。
甕の底に俵や菰が敷いてある。撥ね退けるとなにやらばらばら[#「ばらばら」に傍点]と飛び出た。
「やっ! 梅干の種だ!」
這うようになおも辺りを見れば、飯粒の乾枯《ひから》びたの、鰹節の破片《かけら》などが、染甕の内外に、些少《すこし》だが散らばっている。釘抜藤
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