ってるんだ、合点長屋の藤吉だぞ。」
「よっく存じております。」
「存じていたら手数かけずと申し上げろっ。」
「しかし親分、そ、そりゃあ御無理というもの、まったく私は浦和のほうに――。」
「そうよ。」藤吉はにやり[#「にやり」に傍点]と笑って、「十日に浦和へ行って、四、五日前に帰って来た。」
「えっ!」
「土産物担いで帰って来た。がお店へはいらねえで、裏の空小屋へ忍び込んだ。」
「だ、誰が、ど、どうしてそんなことが!」
「まあさ、黙って聞けってことよ。用意の冷飯、梅干、鰹節を齧って、お前、小屋に寝起きしてたな。」
「――――」
「江戸にゃあいねえと見せかけて、これ、女仇敵《めがたき》を狙ってたな。」
「――――」
「店頭《みせさき》の紫殻から、こう、吾妻屋の香袋が出たぜ。」
「あっ!」
 一声叫んだ弥吉、逃げられるだけは逃げるつもり、両手を振って躍り上った。が、かくあるべしと待っていた勘次、丸太ん棒のような腕を伸ばして襟髪取ってぐっ[#「ぐっ」に傍点]と押さえた大盤石、弥吉、元の土に尻餅を突いて、やにわにげらげら[#「げらげら」に傍点]笑い出した。
「どうだ。」覗き込んだ藤吉、「はっはっは、土性っ骨あ据ったか。」
「おそれいりました――ついては親分、今度は私から訊かして下せえまし。」
「おう、何なと訊きな。」
「最初《はな》どうして親分は私に疑いをかけましたね?」
「それはな、」と藤吉も今は砕けて、「お前が今朝帰って来た時、俺らといういわば客人がいるにもかかわらず、ろくすっぽ仁義も済まねえうちから、へえお土産って荷を出した。なあ浦和名物五家宝※[#「米+巨」、第3水準1−89−83]※[#「米+女」、第3水準1−89−81]、結構だがちっとべえぷんと来らあな、頭《てん》でそいじゃあめりはり[#「めりはり」に傍点]ってものが合わねえじゃねえか。まるで俺らを横眼で白眼《にら》んで、あっしゃあ、これこのとおり、正にまったく真実|真銘《しんみょう》、浦和から今来た[#「今来た」に傍点]もんでござんすと言わねえばっかり、へん、背後《うしろ》暗えな、とあすこで俺らあ感ずったんだ、正直の話がよ。」
「なるほど、一言もございません。」
「あとから小屋の籠城っぷり、はっははは、種《ねた》ああれで揃ったというものさ。」
「お引立てを願います。」
 往生際の綺麗さを賞めてやってもよかった。
前へ 次へ
全16ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング