べえさ。」
「見てろ。宜しか。」
 水差の水を染点へ垂らして、佐平次、手で揉んだ。落ちない。
「見やあがれ、血じゃあねえや。」
「ほう、何だ?」
「百合だ、百合の蕊《しべ》だ。」
「なるほど、百合の蕊なら洗ってもおちめえ。が、その百合あどこでつけた?」
「爺つぁん、耄碌《もうろく》しっこなしにしようぜ。木槌山の柳の下に、五万何ぼも咲《せ》えてたじゃねえか。嫌だぜ、おい。」
「うん。そうか。だがの、百合あお前が来る前に、彦がそっくり河へ捨てたはずだ。そいつをお前、どうして知ってる?」
「――――」
 眼配せ。勘が背へ廻る。彦兵衛は上框《あがりがまち》に立った。
「やい、何とか音《ね》え出せ。」
「――――」
 佐平次の手が鉄瓶を探る。が、彦がとっくに下ろしてある。
「佐平次っ!」藤吉の拳、佐平次の鬢《びん》に飛んだ。「眼が覚めたか、どうだっ!」
「御用!」
 一声、勘次はどっか[#「どっか」に傍点]と佐平次を組み敷いていた。
 押入れを捜すと、さっき藤吉を襲った弓矢が出て来た。それが佐平次の口を開いた。
 浅草奥山の揚弓場女に迷った末、佐平次が伊兵衛の高息の金に苦しんでいると、女に情夫の
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