え佐平次でございます、鋳掛屋の佐平次でございますへえ。」
「犬が見つけたてなあどういうわけですい。」
「へえ。あっしがこの犬を伴れてこの前面《まえ》の往来を通りかかりますてえと――。」
 藤吉はつ[#「つ」に傍点]と手を振って佐平次を黙らせた。
「俺たちが来るまでお前このわたりに何一つ手をつけやしめえの。」
 佐平次は頷首いた。屍体の上へ馬乗りに股がって、藤吉は灯を近づける。
 草加屋伊兵衛は胸に一本の折矢を立てて、板のように硬張《こわば》って死んでいた。傷は一つ、左襟下を貫いているその太短い矢だけだが、夥しい血が雨合羽の上半身と辺りの土や草を染めて、深く心の臓へ徹っていることを語っていた。香いを利くように藤吉が顔を寄せて、矢と傷痕を白眼《にら》んでいると、佐平次は話を続ける。勘次と彦兵衛、右大臣左大臣のように左右に分れて、静かに仏《ほとけ》を見守っていた。
「金春《こんぱる》屋敷の知人《しりええ》んとこで話が持てましてね、あっしが甚右を連れて此町《ここ》を通ったのは四つ過ぎてましたよ。このお山の向っ側まで来るてえと、甚右のやつ、きゃん[#「きゃん」に傍点]と鳴いてここへ飛び込んだきり
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