はちりぢりばらばらになって、もう他人のことなぞ構ってはいられない、銘々く[#「く」に傍点]の字型に身を屈《かが》めて、濡れ放題の自暴自棄《やぶれかぶれ》、いつしか履物もすっ[#「すっ」に傍点]飛んで尻端折りに空臑裸足《からすねはだし》、勘次は藤吉を、藤吉は彦兵衛を、彦は甚右衛門をと専心前方を往く一際黒い固体《かたまり》を望んで、吹抜けの河岸っ縁、うっかりすると飛ばされそうになるのを、意地も見得も荒風に這わんばかりの雁行を続けて行くことになったのだ。
 真夜中。人通りはない。礫《つぶて》のような雨が頬を打って、見上げる邸中の大木が梢小枝を揺り動かして絶入るように※[#「足へん+宛」、第3水準1−92−36]《もが》くところ、さながら狂女の断末魔――時折、甚右衛門の声が闇黒を裂いて伝わって来る。
 葬式《とむらい》彦は一生懸命、合羽をつぶ[#「つぶ」に傍点]に引っかけて身軽に扮《つく》っているとは言うものの、甚右衛門は足が早い。ともすれば見失いそうになる。これにはぐ[#「はぐ」に傍点]れては嵐を冒《おか》してまでわざわざ出張ってきた甲斐がないし、さりとてあまり進み過ぎては後につづく藤吉勘次が目標をなくして道に迷う。つまり、甚右衛門と親分との中間《あいだ》に立って鎖の役を勤めようという、これは昼日中でさえ相当の難事なのに、かてて加えてこの闇《くら》さ、この吹降り。彦兵衛、同時に前後《あとさき》に気を使いながら突風に逆らって行くのだが、なかなか容易な業ではない。が、そこはよくしたもので、甚右衛門は絶えず音を立てているから、それを知辺に方向が定められる。また、彦兵衛が少し遅れると、甚右衛門は角かどに立停まって待っていてくれた。実際、弾正橋から白魚橋へ曲ろうとする地形の複雑《こみい》った場所なぞでは、一度ならず二度三度、甚右衛門は駈け戻って来て、氷のように冷い鼻頭を彦の脚へ擦りつけたり、邪魔になるほど、踏み出す爪先にまつわり立ったりしておいて、再び案内顔に走り抜けたくらい。
 甚右衛門は犬である。鋳《い》かけ屋佐平次の唯一の伴侶《とも》、利口者として飼主よりも名の高い、甚右衛門は犢《こうし》のような土佐犬であった。
 その犬に先達されて、藤吉部屋の三人、こけつまろびつ御門跡の裏手を今は備中橋へかかった。雨風は募《つの》る一方、彦兵衛はよほどさきへ行っているとみえて、
「おう――
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