第五の意趣返しであろう。そうだ、意趣返しに相違ない、と一旦は景気づいてもみるが、つぎの刹那、藤吉はまた手の着け場所のない無明《むみょう》の闇黒《やみ》に堕ちるのだった。
今日は六月末日、年の半期である。伊兵衛め、例によって元利耳を揃えろの、せめて利息だけは入れろの、さもなければ証文の書換えじゃのと、さんざ一日いじめ抜いて歩き廻ったことだろうが、してみるとこれは、そのいじめられた一人の仕業と決めてかかったところで、ここで困ることには、独り者の伊兵衛、普段から商売向きには人の手を借りたこともなければ藉したやつもないから、どこどこに貸金《かし》があって証文がどうなっているのか、今日はどっちを廻ったのか、肝心の本人がこうなっているとそこいらのことが一切わからない。ことに、異志を挾んでいた者が浜の真砂のそれならなくに目当ばかりたくさんあって星のなかからほし[#「ほし」に傍点]を指せというのと同一轍、洒落にはなろうが、さて骨だ。夜更けて帰宅《かえ》る金貸し老爺、何しに町筋を外れて木槌山のかげへ立寄ったろう? ほかで射殺してここへ運んだものか。それにしては提灯などが落ちているのが呑み込めない。それよりも、呑み込めないと言えば、そもそも何のために古めかしい飛道具なぞを持ち出したものか。それに、矢は二つに折れている[#「矢は二つに折れている」に傍点]。のみならず矢文の文字の天誅、これをそのまま受け入れていいか――。
抜いた矢を右手《めて》に、傷口を検めていた釘抜藤吉、つぎに、七転八倒を思わせる伊兵衛の死相を凝視《みつ》めながら、何思ったか急にからから[#「からから」に傍点]笑い出した。甚右衛門がぎょ[#「ぎょ」に傍点]っとして唸ったほど、折が折だけ、それは不気味な笑いであった。
「親分、臭えぜ。これ。」
勘次と二人で先刻から草を分けていた彦兵衛が、こう言って高下駄を拾って来た。安物のせん[#「せん」に傍点]の木の台、小倉の緒、麗々しく八百駒と焼印してある。藤吉はじっ[#「じっ」に傍点]と見ていたが、やがて誰にともなく、
「紛失物《なくなりもん》はねえかな――こう、なくなり物はよう――。」
勘次が答える。
「爺あよく杖をついて歩いてるのを見かけやしたが――。」
「そうそう、」佐平次が応じた。「あの鬼草の金棒は曲木《まがりぎ》の杖、評判でさあ。知らねえ者あございません。そう言えば
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