てみりゃあ何もお女郎|買《け》えでもありますめえぜ。」
「引っこ抜きと井戸の鬼火か、へん、衣裳を付けりゃあ、われ[#「われ」に傍点]だって髱《たぼ》だあな。それより、御両所、切れ物にお気をつけ召されい――とね、はっはっは、俺の玄内はどんなもんでえ。」
 華やかな辺りの景色に調子を合わせるように、藤吉はひとり打ち興じていた。黄色い灯が大格子の縞を道路へ投げて人の出盛る宵過ぎは、宿場ながらにまた格別の風情を添えていた。吸いつけ煙草に離れともない在郷《ざいごう》の衆、客を呼ぶ牛太の声《こえ》、赤絹《もみ》に火のついたような女たちのさんざめき、お引けまでに一稼ぎと自暴《やけ》に三の糸を引っかいて通る新内の流し、そのなかを三人は左右大小の青楼へ気を配りながら、雁のように跡を踏んで縫って行った。
 二、三度大通りを往来したが無駄だった。伝二郎も勘次も拍子抜けがしたようにぽかん[#「ぽかん」に傍点]としていた。藤吉だけが自信を持続していた。足の進まない二人を急き立てるように、藤吉が裏町へ出てみようと、露地にはいりかけたその時だった。四、五人の禿新造に取り巻かれて、奥のとある楼《うち》から今しがた出て来た兜町らしい男を見ると、伝二郎は素早く逃げ出そうとした。
「どうした?」
 と藤吉はその袖を掴んだ。
「あれ[#「あれ」に傍点]です!」
 伝二郎は土気色をしていた。
「違えねえか、よく見ろ。」
「見ました。あれです、あれです。」
 と伝二郎は意気地なくも、ともすれば逃げ腰になる。火照《ほて》った頬を夜風に吹かせて、男は鷹揚《おうよう》に歩いて来る。
「よし。」
 釘抜藤吉は頷首《うなず》いた。
「勘、背後へ廻れ、めったに抜くなよ――おう、伝二郎さん、訴人が突っ走っちゃいけねえぜ。」
 苦笑と共に藤吉は、死んだ気の伝二郎を引っ立てて大胯《おおまた》に進んだ。ぱったり出遇った。
「大須賀玄内!」
 と藤吉が低声で呼びかけた。欠伸《あくび》をして男は通り過ぎようとする。
「待った、河内屋の御隠居さま!」
 言いながら藤吉はその前へがたがた[#「がたがた」に傍点]震《ふる》えている伝二郎を押しやった。顔色もかえずに男は伝二郎を抱き停めた。
「おっと、これは失礼――。」
「喜三郎。」と藤吉は前に立った。「蚤取《のみと》りの喜三さん、お久し振りだのう。」
 ぎょっ[#「ぎょっ」に傍点]として男
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