ろ」に傍点]天屋の幟《のぼり》が夕待顔にだらり[#「だらり」に傍点]と下っているばかり――。
当時鳴らした八丁堀合点長屋の御用聞釘抜藤吉の乾児葬式彦兵衛は、ただこうやって日永一日屑物を買ったり拾ったりしてお江戸の街をほっつき廻るのが癖だった。どたんばたん[#「どたんばたん」に傍点]の捕物には白|無垢《むく》鉄火の勘弁勘次がなくてならないように、小さなたね[#「たね」に傍点]を揚げたり網の糸口を手繰って来たりする点で、彦兵衛はじつに一流の才を見せていた。もちろんそれには千里利きと言われた彦の嗅覚が与《あずか》って力あることはいうまでもないと同時に、明けても暮れても八百八町を足に任せてうろ[#「うろ」に傍点]つくところから自然と彦兵衛が有《も》っている東西南北町名|生《いき》番付といったような知識と、屑と一緒に挾んでくる端《はした》の聞込みとが、地道な探索の筋合でまたなく彦を重宝にしていた事実《こと》も否定できない。それはいいとして、困ることは、ときどき病気の猫の子などを大事そうに抱えてくるのと、早急の用にどこにいるかわからないことだったが、よくしたもので、不思議にもそんな場合彦兵衛はぶらり[#「ぶらり」に傍点]と海老床の路地へ立戻るのが常だった。
で、その日も、腹掛一つの下から男世帯の六尺を覗かせたまま、愛玩の籠を煮締めたような手拭で背中へ吊るし、手にした竹箸で雪駄《せった》の切緒でもお女中紙でも巧者に摘んでは肩越しに投げ入れながら、合点小路の長屋を後に、日蔭を撰ってここらへんまで流れて来ていたのだった。
奇妙な文句を書いた先刻の紙片は、瀬戸物町を小舟町二丁目へ出ようとする角で拾ったもの。溝板の端に引っかかっていたのを何気なく取り上げて読んでみたに過ぎないが、ただそのまま他の紙屑と一緒にしてしまうのが惜しいような気がして、これだけは腹掛の奥へしまい込んだ。
「一郎どのより三郎どの、人もかわれ、水もかわれ、――か。」
その一節を思い出しては口ずさみながら、彦兵衛は旅籠町の庄助屋敷の前を通りかかっていた。
雨晒しの高札が立っている。見慣れてはいるが何ということなしに眼に留まった。
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申上候一札之事
町内居住婦女頻々行方不知相成候段近頃覚奇怪候《ちょうないすまいのおんなひんぴんとしてゆくがたしれずにあいなりそうろうだんちかご
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