波を分けて、橋詰のお番屋へ富五郎を縛引《しょっぴ》いた藤吉と勘次、佃《つくだ》にかかる新月の影を踏んで早くも今は合点小路へのその帰るさ。
「割方|脆《もれ》え玉さのう。」
 先に立った藤吉が言う。追いついた勘次、
「だが親分、器用な細工じゃごわせんか。あっしなんか切れへくるまで与惣公とばかり思い込んでた。」
「九仭《きゅうじん》の功を一簣《いっき》に虧《か》く。なあ、そのままずらか[#「ずらか」に傍点]りゃ怪我あねえのに、凝っては思案に何とやら、与惣公と化込《ばけこ》んで一、二日|日和見《ひよりみ》すべえとしゃれたのが破滅の因、のう勘、匹夫《ひっぷ》の浅智慧《あさぢえ》、はっはっは。われから火に入る夏の虫だあな。」
「夏の虫あいいが、真《まこと》の与惣あどうなりましたえ?」
「はあてね、大川筋から隅田の淀でも今ごろあせっせ[#「せっせ」に傍点]と流れていべえが、ぶるる[#「ぶるる」に傍点]っ、酷《むげ》えこった。それにしても小物師どん、常日《じょうじつ》口が軽すぎるわさ。」
 万事が富五郎の白状ではっきりした。
 卍の富五郎に似も似たところから女に眼をつけられたのが百年目、誘われるままその隠家へ行った与惣次は、酒に羽目《はめ》を外《はず》してさんざん自身のことをしゃべった後、一服盛られて宵の内にあの世へ行ったのだった。したがって、影法師三吉が検めた新仏《しんぼとけ》はいうまでもなく代玉《かえだま》の与惣次であった。これで悪党夫婦が逐電してしまえば富五郎の死骸が見えずなったというだけのことで一件は忘れられたかもしれないが、そこは虎の尾を踏みたい妙な心持と、一つには与惣次失踪から足のつくことを懼《おそ》れて、与惣次の内輪話を資本に、頭を剃って夢物語に箔を付け、女房の一筆と高飛の路銀を持って余熱《ほとぼり》の冷める両三日をと次郎兵衛店に寝に来たところを、その坊主頭と旦那旦那という呼言葉と、絶えず光を背にしようとした心遣い、最後に常吉への借銭《かり》云々《うんぬん》の鎌掛けでさすがの悪も釘抜親分の八方睨みに見事見破られたのであった。
 家財を纏めて熊谷在の知人方《しりびとがた》に良人《おっと》を待っていた女房のお若も間もなく御用の声を聞いた。
 翌る十二日の槍祭、お米蔵は三吉の渡し、松前志摩殿の切立石垣《きりだていしがき》に、青坊主の水死人が、それこそ落葉のように笹舟のよう
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