ら洩れてくる夕陽の名残りへ手紙を向けて、藤吉は口の中で読み出した。
「与惣さん。」勘次が上《あが》り框《がまち》から声をかける。「先刻小太郎が見えてね、戸が締ってて、いねえようだからって先へ行きやしたよ。」
「あ、眠ってたもんだから、つい――。」
「お前さん槍祭あすっぽかし[#「すっぽかし」に傍点]けえ?」
「へ?」
「槍祭よ。明日あ王子の槍祭じゃねえか。どうした。出ねえのかよ?」
「へえ――あそうそう、なに、これからでも遅かあげえせん。では一つ――。」
与惣次は腰を浮かした。すぐにも小太郎の跡を追う気と見える、その膝の上へ手を置いて、釘抜藤吉は冷やかに言った。
「まあさ、与惣公、待ちねえってことよ。これ、大枚の謝礼を受けたに、そう慌てくさ[#「くさ」に傍点]って稼ぐがものもなかろうじゃねえか。おう、それよりゃあこの手紙だ、読んでやるから、さ、しっかり聞きな。」
三
「この文《ふみ》御覧のころはわたしども夫婦はおしりに帆上げたあとと思召し被下度以下御不審を晴さむとてかいつまみ申述候|大手住《おおてずみ》にてお前さんをお見かけ申しあまり夫と生うつしなるまま夫の窮場を救わんとの一芝居打ちお前さんをくわえこみ夫の手をかりて妖薬《ようやく》をあたえかみの毛をあたって死んだと見せ夫の身代に相立申候段重々|不相済《あいすまず》とは存候共これひとえに夫なる卍の富五郎を落しやらんわたしのこんたん必ずおうらみ被下間敷《くだされまじく》ただただ合掌願上奉候金子些少には候えども一夜の悪夢の代としてなにとぞお納め被下度尚当夜あたりお手入のあるべきことはわたし共の先刻承知女房のわたしでさえ取違えそうなお前さんへお引合せ下すったは日頃信ずる五右衛門さまのれいけん夫の悪運のつよいところ今ごろ探したとて六日の菖蒲《あやめ》十日の菊無用無用わたしゃ夫とふたり手に手をとり鳴く吾妻のそらをあとにして種明しは如依件《よってくだんのごとし》お前さんも生々無事息災に世渡りするよう昨夜のことを忘れずに末永く夫ともども祈上申候あらあらかしく――卍女房巴のお若より。」
読み終った藤吉、片膝立てて与惣次を見上げ、
「合点がいったか。お前は卍にそっくりだてんで、昨夜|傀儡《けえれい》に使われたんだ。」
「えっ!」
与惣次は眼を真んまるにして、
「どこかで見た面だたあ感ずりましたが、言われてみりゃあ
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