惹いた。鳥子紙を使ってあること、新しく書いたものらしいこと、気にすればこれらも不審の種だったが、なかんずくその書体と筆勢――。
「誰の字《て》だ?」
紙から眼を離さずに藤吉が訊いた。
「知りません。」
と小僧は鼻汁《はな》を啜《すす》った。
泥路《ぬかるみ》に立った裸足の三人は、じいっと久松留守の四字を白眼《にら》んで動かなかった。まだ店を開けない町家続きに、今日一日の晴天《はれ》を告げる朝靄が立ち罩めて、明るい静寂《しずけさ》のなかを、右手鎧の渡しと思うあたりに、時ならぬ烏の声が喧しかった。
「みんな、こう、踏むと承知しねえぞ。」
露地に印《つ》いた足駄の跡を避けて、小僧に案内させた藤吉は子分二人を引具して家について裏口《うら》へ廻った。
「親分、見当《あたり》は?」
葬式彦が囁《ささや》いた。藤吉は笑った。
「まあさ、待ちねえってことよ。」
二
八州屋孫右衛門は雨に濡れた衣服のまま頭部をめちゃめちゃに叩き毀されて、丑寅《うしとら》を枕に、味噌蔵の入口に倒れていた。赤黒い血糊が二筋三筋糸を引いたように土間を汚しているだけで、激しく争ったと思われる節はあたり
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