つはぐっすり[#「ぐっすり」に傍点]眠ったという。
 現場に落ちていたあの足駄は間違いもなく自家から穿いて行ったもの。傘も借りて来たことだろうが――と、おみつは言葉を切った。
「いんや、その傘がねえ。のう、松さん。」
 藤吉が振り返った。味噌松はうなずいた。おみつは争うように、
「でも、まさかあの雨の中を、傘なしで帰る人もござんすまい。」
「お内儀さんえ。」と藤吉は、輪にした左手の指を鼻の先で振り立てながら、
「旦那あ――やったかね?」
「御酒? いいえ、全然不調法でござんした。」
「はてね。婆さまのこっちゃあ豪く気を病《や》んでいたようだのう。」
「ええ、そりゃあもう母一人子一人の仲でござんすから、傍《はた》の見る眼も痛わしいほど――。」
「親分、旦那の傘は?」
 味噌松が口を挾んだ。
「さて、そのことよ。」と藤吉はゆっくりと、「持って帰ったもんなら、御組長屋《おくみながや》と此家《ここ》との道中に、どこぞに落ちてるだんべ。さもなけりゃあ、あんなに濡鼠《ぬれねずみ》になる理由がねえ、と俺あ勘考しやすがね、松さん、お前の推量は?」
「わっちもそこいらだ。そりゃあそうと、親分、出て行った
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