くと、おみつ、幸七、小僧と、それに近所の弥次馬が加わって、勝手元から両|傍《わき》の小路まで人の垣根が出ていた。。
「色男、痛かったか。」
と藤吉は幸七を引き出して、
「桜馬場の駒蔵さんが見えたら、釘抜からの進物でげすって、この味噌松と屍骸二つをくれてやれ。おうっ、誰か松を押さえていようって者あねえか。」
鳶の若い者が二、三人出て、勘次の手から味噌松の身柄を受け取った。
「ほい、うっかり忘れるところだった。」と藤吉はおみつへ近づいて、
「この傘は旦那が持ってたもの。松公が河下《しも》へ投げ込んだんだが、それが、お内儀、不思議なこともあったもんさのう、川を上ってお定婆さんの手に引っかかってたってえから、なんと強《きつ》い執念じゃあごわせんか。いや、怖《こわ》やの恐《こわ》やの!」
耐えきれずに、声を張り上げておみつは哭き崩れる。泥の中で味噌松が呻いた。人々は呼吸を呑んだ。
「行くべえ。」
藤吉は歩き出した。
「帰って朝湯だ。彦、勘、大儀だったのう。」
群衆は道を開く。釘抜のように脚の曲った小男を先頭に、五尺八寸の勘弁勘次と貧弱そのもののような葬式彦とが、視線の織るなかを練って行く。
今は高々と昇った陽に、迷う烏の二羽三羽。その影が地を辷った。
「親分、早えところをやっつけやしたのう。」
「え、ああ。うん、そうさの。」
と藤吉はもうほかのことを考えていた。
酔漢《よいどれ》のように呶鳴る味噌松の声が、まだここまで聞えてくる。ぴしゃり[#「ぴしゃり」に傍点]、というあの音は、鳶の一人が頬でも張ったか――。
「そりゃあそうと上天気で、神田の祭あ運が好えのう。」
言いながらかかる露地口、出会頭《であいがしら》に小僧を伴れて息せき切ってくる。
桜馬場の駒蔵親分。
「おう、こりゃあ。」
「おう、こりゃあ。」
底本:「一人三人全集1[#「1」はローマ数字、1−13−21]時代捕物釘抜藤吉捕物覚書」河出書房新社
1970(昭和45)年1月15日初版発行
入力:川山隆
校正:松永正敏
2008年5月20日作成
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