うとする。おみつを打とうと藤吉が腕《て》を振り上げると、
「親分、奴はもう白状したのも同然、失礼ながらお手が過ぎやせんか。」
味噌松が出張った。
「そうか。」藤吉は手持不沙汰に、「勘、お前はこの二人についてろい。――ええ、そこで松さん、こりゃあこれでいいとして、ちょっくら裏へ出てみようじゃごわせんか。」
言いながら不審気《いぶかしげ》な味噌松を先に、藤吉はがらり[#「がらり」に傍点]と勝手の腰高《こしだか》を開けた。
四
「松さん、こりゃあどうだ。」
やにわに藤吉は蔵の前の小溝へ立った。素足に砕けて玉と散る水。味噌松はぽかん[#「ぽかん」に傍点]と眺めていた。
「この溝は横町から坂本町へ出ている、なんてお前さん、よく御存じだのう。」
溝の中から藤吉は続ける。
「つかねえことを訊くようだが、お前さん何貫ある?」
「え?」
「目方のことよ。十八貫はあろう?」
「それがどうした。」
「どうもしねえ。ただ、八州屋は小男だ、十二貫もあったかしら――。松さん、足駄の跡を見ろい。十二貫にしちゃあ深えのう。」
「――――」
四つの眼がはたと会う。
「十八貫にしたところでまだ深え。」
「――――」
「二つ寄せて三十貫! はっはっはっ、まるで競売《せり》だ。どうだ、松さん、買うか。」
無言。水の音。
「お前、先刻異なことを言ったのう。」と藤吉は溝を出て、「なんだと? お神さんにあの鉞《まさかり》は持てめえだと? あの[#「あの」に傍点]鉞たあどの鉞だ?」
「う――ん。」
「野郎、唸ったな。え、こうっ、よく鉞へ気がついたのう。」
二人の男は面と向って立つ。
「顫えるこたあねえや。なあ、松。」藤吉は柔かに、「お前、手先の分際で三尋半《とりなわ》を持ってるってえ噂だが、ほんとか。」
味噌松はちらり[#「ちらり」に傍点]と背後を見た。藤吉はおっかぶせる。
「箱崎辺りで待伏せして旦那の首を繩で締め仏の足の物を穿いて屍骸を蔵へ運び入れ鉞で脳天を潰したのは、松公、どこの誰だ?」
「お、俺じゃあねえ。」
「現場に血が飛んでねえのは死《めえ》ってる奴を斬った証拠。」
「お、俺じゃねえ。」
「傷が真上に載ってるのも、倒れてる所を切《や》りゃあこそああだ。」
「俺じゃねえってのに!」
「も一つ言って聞かしょうか。八州屋の頸にあの麻糸屑が残ってた。しかも、お前、三州宝蔵寺の捕繩麻だっ!」
「――じゃ、ど、どこを通って逃げたってえんだ? あ、足形が一つもねえじゃねえか!」
「溝!」
「わあっ!」
と叫んで走り出した味噌松、折柄帰って来た彦兵衛にぶつかれば、両方がひっくりかえる。跳び上った松、彦に足を取られて、た、た、た、た、と鷺踏《さぎと》びのまま機《はず》みと居合いとで逆手に抜いた九寸五分。すかさず下から彦が払う。獲物は――と言いたいが拾って来たらしい水だらけの傘一本。
「勘!」
藤吉が呶鳴った。
「おう。」
と飛んで出た御家人崩れの勘弁勘次、苦もなく利腕《ききうで》取ってむんず[#「むんず」に傍点]と伏せる。味噌松は赤ん坊のような泣声を揚げた。彦兵衛は起き上って、
「親分、これ。」
と傘を出す。
「どうだった?」と藤吉。
「へえ、ありやした。たしかにあった。あれじゃあいくら浚《され》えてもかからねえはずだて。」
「水ん中の船底にぴったり[#「ぴったり」に傍点]貼りついてたろう、どうだ?」
「仰せのとおり。」
葬式彦兵衛は二つ三つ続けさまに眼瞬《まばた》きをした。
烏の群から怪しいと見た藤吉が、鎧の渡しへ彦兵衛をやって一番多く烏の下りている小舟の下を突かせると、果して締殺された女隠居の屍体が水腫《むく》み返って浮んで来た。舟底には奇妙な引力があって幅のある物ならしばらく吸いつけておくこと、並びにその舟が久しく使われていないこと、まずこれらへ着眼したのが藤吉の器量と冥利《みょうり》とであった。
屍骸は河原へ上げて非人を付けてある、と聞き終った藤吉、
「口を覗いたか。」
「へえ麻屑を少し噛んでやした。それから、木綿糸も。浴衣の地かな――?」
皆まで聞かずに、勘次の押さえている味噌松の両袖を、何思ったか藤吉はめりめり[#「めりめり」に傍点]と※[#「てへん+劣」、第3水準1−84−77]《むし》り取った。と、裸かの右腕に黒痣《くろあざ》のような前歯の跡。
「やい、松、往生しろ。」
「糞をくらえ!」
と味噌松は土の上へ坐り込んでしまった。
かねがねおみつに横恋慕していた味噌松は、まず邪魔になる孫右衛門の母お定を締め殺して河中に捨て、次に、誰かは知らずおみつに情夫のあることを感づいて眼が眩《くら》み、一挙にして男二人を葬っておみつを我物にしようと、長らく企《たくら》み抜いた末が、昨夜のあの孫右衛門殺しとなったのだった。
気がつ
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