は彦、今時分何しにここへ――?」
「親分、お迎えに参りやした。」
と彦兵衛はにやにや[#「にやにや」に傍点]笑って、
「へっ、殺《ばら》されやしたよ、八州屋が。八州屋の旦那がね、親分、器用に殺《や》られやしたよ。」
「え、八州屋って味噌屋か。」
勘次が仰天《ぎょうてん》して口を出した。が、予期していたことのように藤吉はすましていた。
「ほかにゃあねえやな。親分、この小僧の駈込みでね、こりゃあこうしちゃいられねえてんで、出先がわかってるから俺あお迎えに、へえ飛び出して来やしたよ。」
藤吉は黙って歩き出した。橋を渡って右へ切れた。茅場町である。堀へついて真一文字に牧野|河内《かわち》の下邸、その少し手前から鎧の渡しを右手に見て左坂本町へ折れようとする曲角に、金山寺御味噌卸問屋江戸本家八州屋という看板を掲げた店が、この重なる凶事に見舞われた当の現場であった。
雨上りの泥道をひたすら急ぐ藤吉の背《あと》から、勘次と彦兵衛の二人が注進役の小僧を中に小走りに随《つ》いて行った。
店に寝ているところをお内儀さんと折柄買出しに来た味噌松とに叩き起されて、藤吉を呼びに八丁堀の合点長屋まで裸足で駈けつけたというほか、主人はいつどうして殺されたのか、小僧には皆目《かいもく》解っていなかった。ただ、屍骸は裏の味噌蔵に転がっている、とだけ泣声で申し立てた。
「やい、味噌松てものがいるのになぜ桜馬場へ訴人しねえ? 勘弁ならねえ。」
いまいましそうに勘次が言った。
「藤吉親分の繩内《なわうち》だからまず八丁堀へってお神さんが言いましたもの。」
「じゃ、これから駒蔵を呼びに走るんだな?」
「いえ、長どんが行きました。なんでもかんでも駒蔵の親分に出張ってもらわなくちゃあ、って松さんが頑張るもんですから――。」
「長どんてなあもう一人の小僧か。」
「へえ。」
「お前と一緒にお店に寝てたのか。」
「へえ。」
「屍骸《たま》あ発見《めっ》けたなあ誰だ?」
調子に乗った勘次がこう小僧をきめつけた時、
「勘、黙って歩け。」
と藤吉が振り返った。勘次は頭をかいた。
雨に濡れた町に朝の陽が照り出した。昨夜二時ばかり底抜けに降った豪雨をけろり[#「けろり」に傍点]と忘れたように、輝かしい光りが家並の軒に躍り始めた。一行の上に重苦しい沈黙が続いた。
早や金色に晴れ渡った空の下に、茅場町の大通りは捏
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