て――。」
「冗談じゃねえよ、漆かぶれだ。」
「え?」
「うるし。」
「うるし?」
「そうよ、う、る、し、てんだ。はっはっは、解ったか。」
「じゃ、あの木――は。」
「漆の木よ。あの花を見て、こちとら[#「こちとら」に傍点]あなるほどと感ずったんだ。奴め、暗黒《やみ》ん中で、漆《うるし》とは知らず千切ってかけ、折っては被せしたもんだから四|時《とき》の間にあのざまよ――梅雨に咲く黄色え花が口を利き、とね。ははは。」
「まあ、親分さん、もの言う花でござんすか。ほほほほ。」
と小粋な女中がさらり境いの襖を開けて、
「はい、お待遠おさま。」
「拙は酢章魚《すだこ》でげす、おほん。」
と気取って勘弁勘次は据わり直す。女中が明けて行った廻り縁の障子。降り飽きた雨はとっくに晴れて、銀色に和《なご》む品川の海がまるで絵に画いたよう――。櫓音ものどかにすぐ眼の下を忍ぶ小舟の深川通い、沖の霞むは出船の炊《かし》ぎか。
「さあ、呑め、もう一杯だけ呑め。」
玉山《ぎょくざん》将《まさ》に崩れんとして釘抜藤吉の頬の紅潮《あからみ》。満々と盃を受けながら、葬式彦兵衛が口詠《くちずさ》んだ。
「梅雨に咲く花
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